留守として山荘に残り、他の者達の目をうまく欺いた右近の君は浮舟君と侍従の為の装束などを整えて、滞在先の山荘へと急ぎました。
するとそこには厳しい物忌みという口実ですので、邸の下人も宮たちの御座所には近づけさせず大内記・道定がもろもろの差配に奮闘しておりました。
右近はどうにもこの男が好きになれません。
野心のある男性というのは魅力的なものですが、道定はこっそりと周りを盗み見て窺うような嫌な目つきをしているのです。
宮の好色心につけ込んでの立ち回りも鼻につきます。
「あなたはまたこんなことを仕出かして」
「ははは。右近殿はどうも私に辛く当たられますな。宮さまの御要望を私が断れるとお思いか?」
「忠臣ならばたとい逆らうことになっても御諫めするべきですわ。こんなことばかりを繰り返しては宮さまは本当に東宮になどお立ちになれぬかもしれませんわよ」
「そう厳しいことばかりおっしゃるな。何より宿縁がなければ男と女はどうにもなるわけがございません。宮さまと浮舟君は結ばれる定めであったのですよ」
「さて、この定めがどのように導かれるものか。わたくしにはけして幸せな結末を迎えるとは思えませんわ」
右近はぷいと背を向けて宮さまと浮舟君の元へ向かいました。
右近は極めて理性的に物を考えられる賢い女人です。
やむなく匂宮を手引きするような形になってしまいましたが、宮の移り気な性質や浮舟君の置かれた現実などを鑑みるにどう転んでもこの秘密の関係が良い実を結ぶとは信じられないのです。
そのようなことを考えながら難しい表情を浮かべた右近は山荘に足を踏み入れて言葉を失いました。
狭い粗末な造作の山荘に形ばかり網代屏風などを引きめぐらして御座所は備えてあるものの、なんとも露わな姿で眠る匂宮と浮舟君の様子に、まるで萱鼠(かやねずみ)の巣に紛れ込んだような錯覚さえ覚えて、次の間ではこちらも身を寄せる時方と侍従の姿を見るや、とても“宮の姫”と呼ばれた人には似つかわしくないことであるよ、と顔を歪ませました。
それはまるで鼠の情婦。
匂宮はたしかに美しくはありますが、朝の光においてはすべての幻想も白日の下に晒されるのです。
「なんとおいたわしい」
もしも姫の母君がこの姿を見たならばどれほど嘆かれることか。
右近は情痴に溺れる浮舟君を冷ややかな目で見つめておりました。



