みなさん、こんばんは。
本日は原典『椎本』の帖についてお話してゆきましょう。
ここでは薫が師と仰いだ八の宮が亡くなる場面が描かれたところですね。
帖のタイトル『椎本』はこの歌からつけられたものです。
たちよらむ蔭と頼みし椎が本
むなしき床になりにけるかな
(私がこの宇治に立ち寄る頼りとした八の宮さまは空しくなられてしまった。この仏間もただの床となりはててしまったよ)
亡き八の宮に寄せて詠ったものですね。
八の宮が宇治へ移り住んだ経緯はその前にも書きましたが、親王という身分に相応しくないよう思われるかもしれません。
桐壷帝八の宮というように認識されておりますが、現実はもっとシビアなものなのです。
たしかに帝を父に持たれれば宮と呼ばれますが、正式に親王として宣下されなければただ人に等しいのです。
八の宮の北の方は大臣の姫で、宮の生活全般はこの実家の財力が担っていたものでした。
それが北の方が亡くなり、京の邸も焼失したことで泣く泣く京を離れたというのが本当のところですね。
八の宮は娘二人と細々と暮らすしかなかったということです。
ですから薫君と巡り会ったのはまさに僥倖。
薫君はそれとなく宇治の方々の生活を援助し、宮はそれに深い感謝を示したのでしょう。
八の宮が亡くなられたことで、姉姫の大君が戸主のような役割を担うこととなり、それまでとは様相が一変して物語が動き出すこととなります。
薫君の庇護失くしては生きられぬ身の上と薫君の恋心。
大君は悩んだことでしょう。
私がこの帖を表す上で特に気を遣ったのは、それぞれの人物の心情でした。
物語というものは人同士が関わって織り出される心の綾で深みが増してゆくものだと思います。
それはほんの脇役の弁の御許の心情も然りです。
原典には書いていない背景なども多く創作致しました。
明日はそうした観点から私の書いた物語の『会うは別れ』の章について書いていこうと思います。
次回『紫にそまる恋』第百四話『喪失』は8月19日(月)から掲載いたします。



