今恋心を打ち明けても大君は困惑されることであろう。
しかし好意を寄せてくれていることは間違いない。
それが弟のように思う親しみであるのか男としてみなしているものか、絶えず湧き上がる感情に薫はどうにも押し流されそうに堪えております。
そもそも大君は結婚をなさる意志をお持ちであるのか?
中君のことを尋ねるように本心を引き出せぬものか、と薫は匂宮のことを持ち出しました。
「ところで本日は伺いたいことがあるのです」
薫の態度が改まったのを大君はおや、と首を傾けました。
「先日来匂宮からこちらにお手紙が贈られていると聞きますが、御身は匂宮を如何に思召されますか?」
「はい、たしかにお文を頂いてはおりますが。季節の挨拶程度ですわ」
「匂宮は八の宮さまが生前姫君たちの後見として私を指名したことを妬んでおりまして、色よい返事がもらえぬのを私が邪魔をしていると考えられているようです」
「それはどういうことでしょうか?」
「失礼ながら匂宮には大君と中君とどちらが手紙のやりとりをなさっておられますか?」
大君は思わぬように吹いてきた風に困惑し、そっと詠みました。
雪深き山のかけ橋君ならでは
またふみ通ふ跡をみぬかな
(雪深い山の懸け橋には御身以外に踏み<=文>通ってくるものなどわたくしは存知ませんわ=わたくしは文を交わしてはおりません)
つくづく自分が匂宮の相手をしていなくてよかった、と感じるのは大君の乙女心でしょう。
薫は安堵したようにふわりと笑みました。
「そうかと思うておりました。匂宮は中君さまに想いを懸けておられるのです。中君さまは如何なのでしょう?」
「薫さまですから本当の処を申し上げさせていただきますわ。匂宮さまは移り気で数多の女人がおられると聞き及びます。わたくしどものように風流も知らずに山里に隠れ住んできた田舎者がどうして匂宮さまと縁を結ぶことなどできましょうか。雲居にある御方とではあまりに身分が違いすぎますわ」
やんわりとしたいらえの裡にも身分柄を弁えた隙のなさに薫は益々惹かれてゆく。
「私も忌憚なくお話をさせていただきましょう。匂宮とは幼い頃から共に育った仲でして、私は彼をよく知っております。尊いご身分にありますので結婚などもなかなか意志を通そうというのが難しい立場でございます。それに加えて魅力的な風貌に好もしい性格ですので女人達が放っておかないのは事実でございましょう。しかし宮は只一人の運命の相手を待ちわびておられるのです」
「それが中君だとでも仰るのでしょうか?」
「宮はそのように確信しておられるようですよ。いずれは京にお迎えしたいとまで思い詰めておられました」
その一言に傍らの若い女房たちはほうっと溜息をつきました。
薫は大君の返事を待たずに続けました。
「匂宮はそこまで思い詰めた女人を捨てるような情け知らずではありません。世間の噂というものは妬みなどが多分に含まれておりますもので、宮を浮薄と揶揄するのは逢うことも叶わなかった女房あたりが吹聴したものでございますよ」
大君は何とも答えることができずに沈黙が訪れました。
障子は雪明りでほんのりと明るく、山には雪がしんしんと降り続けておりました。


