その日の明け方、紫の上は急に胸が苦しくなり、呼吸をするのも難儀な状態に陥りました。
側に控える女房たちは何事かと訝しみ、上が苦しむ姿を見て驚きました。
「早く大殿さまにお知らせしなくては」
乳母の右近の君が狼狽していると、紫の上は息を整えてそれを制しました。
「騒ぎたててはいけません。すぐに収まるので殿には申し上げないように」
しかし一向に良くなる気配はありません。
次第に体は熱を帯びて、とうとう意識を失ってしまいました。
女房たちは源氏の戻りが遅いので上の様子をお伝えしようかと相談しているところに女御からのお便りが届きました。
女御は紫の上と楽しく過ごそうとご機嫌伺いの文をよこしたのです。
しかし急な病気であると聞かれて驚き、すぐに女三の宮の元にいる源氏へこのことを伝えられました。
源氏は昨日厄年のことなどを話したばかりでしたので、血が引くように青ざめ、まだ眠っている女三の宮を残して急いで東の対へ戻りました。
もしも紫の上が儚くなってしまったらば私はどうすればよいのだ?
そんな最悪なことは考えたくもないのですが、不安が渦を巻いて視界まで塞がれそうです。
ほつれた鬢もそのままに何度となく足を取られそうになりながら、紫の上の寝所へと辿り着きました。
「どんな具合なのだ?」
「それが明け方から急に苦しまれまして」
周りの女房たちはおろおろとみな暗い顔をしております。
「典薬寮の者を呼び、名のある僧を集めなさい」
典薬寮とは医学を専門とする博士がいるところで、僧を呼ばせたのは病気平癒の祈祷をさせる為です。
紫の上の頬に触れた源氏はその熱さに驚きました。
「まずは熱を冷まさなければ。昨日はあれほど元気であったのにいったいどうしたというのか」
源氏は紫の上が絶望して生きる気力も萎えているのをご存知ありません。
「紫の上、どうか目をあけておくれ」
とひたすら上の手を握り呼びかけては、自身も何も食べずに見守るばかりなのでした。
紫の上の病気というのは典薬の博士たちにも一向に原因のわからぬもので、時折激しく苦しまれるのが見ている源氏も辛くてなりません。
意識が戻ってもほんの少しばかり果物などを食べるだけで日に日に弱っていくのです。
源氏は霊験あらたかな寺社には軒並み病気平癒の祈願をさせ、六条院にはたくさんの僧たちを控えさせました。
今日は昨日より幾分良くなったかと思えばその日の夕刻には意識を失われたり、明日は良くなろうかと細々と願ううちに数日が過ぎてゆきます。
紫の上は朦朧とするなかでも、
「どうぞ出家を御許し下さいまし」
と懇願するのが源氏にはまた悲しく感じられます。
もしも出家して病状がよくなるならば、と考えぬこともありませんでしたが、生きてこの人と別れるのは耐えられそうにもないのです。
「その願いだけは聞き入れられない」
その度に紫の上は涙を浮かべるのでした。
この『源氏物語』は私がアレンジして書いているもので、人物描写なども私の想像などが重きを占めています。
また失われた巻についても想像で描いているので、オリジナルのものとは違います。
お問い合わせが多いのでこの場にて・・・/ゆかり

