数々の祈祷の甲斐なくいよいよ女院の御容態が芳しくないと聞いた源氏はせめて最後にお言葉を賜りたいと乱れる心を抑えて御前に伺候しました。
仕える女房たちによると、女院はもう何も召し上がれないほどに衰弱されているということです。
そう言うそばから女房たちも涙を流して嘆くので、そのご病状はすでに改善される望みも無いように思われます。
心を強く持ってしても輝くばかりであった女院の笑顔などが思い出されるとただただ悲しみが込み上げてきて、源氏の頬には涙が伝って零れ落ちるのでした。
女院は苦しい息の下から源氏にあてて感謝の言葉を述べられました。
すでに力が尽きかけ、取り次ぎの女房を介してのお言葉です。
「桐壷院の御遺言に従い影となり日向となり冷泉帝を導いて下さったご恩は忘れはいたしません。これからもどうぞそのお力を帝にお貸しくださいませ」
源氏は返事をすることも出来ずに涙を流し続けました。
どうしてこうも心弱いのかと己が嫌になりますが、女院にお言葉を返したい一心でぐっとこらえました。
「微力ながら院の御遺志に従って今日まで勤めて参りましたが、太政大臣についで宮までこのようにご重篤であられるのにどうして心が乱れて、わたしこそ長く生きられない心地でございます」
その言葉が終わる前にまるで灯が消えるようにすっと女院は息を引き取られました。
その瞬間源氏は自分の半身を亡くしたように空虚なままで崩れ落ちました。
女院ほど慈悲深く周りの者に慕われている御方はおりませんでしたので、仕えていた者たちはみな烈しくむせび泣き、世も末とばかりに乱れています。
女院の為に祈祷を奉げていた僧たちも亡き御方の心映えの優れていたことを惜しみ悲嘆に暮れて涙を流しました。
源氏は天下の内大臣です。
まだ若い帝を支えて国葬を整えなければなりません。
心が半分死んでしまったようで何も感じられませんが、却って淡々と葬儀を運ぶことができ、女院をお送りした後のことなどは記憶に残ってはいないのです。
そのぼんやりとみな一様に黒い喪服に身を包んだ光景はなんともわびしい春の夕暮れである、と思い出されるのでした。
深草の野べの桜し心あらば
今年ばかりは墨染めに咲け
(古今和歌集:野辺に咲く桜よ、おまえにあわれを思う心があるならば今年ばかりは喪に服して墨色に咲くがいい)
源氏は二条邸の御堂に籠り、誰にも知られないように一日中泣き続けました。
入日さす峰にたなびく薄雲は
物おもふ袖に色やまがへる
(入日のさしている峰にたなびいている鈍色の薄雲は悲しんでいる私の喪服と同じ色である。天もあの方の死を惜しんで喪に服しているようだ)
この『源氏物語』は私がアレンジして書いているもので、人物描写なども私の想像などが重きを占めています。
また失われた巻についても想像で描いているので、オリジナルのものとは違います。
お問い合わせが多いのでこの場にて・・・/ゆかり



