源氏の施政によって安定してきた都は元のような活気に満ちた姿に戻りつつあります。
そうして源氏が一息つく頃には、季節はもう秋になろうとしておりました。
京に戻りはや一年が経とうとしています。
須磨、明石ではあれほど時の流れが遅く感じたものを、今では時間が足りないと嘆く君です。
この秋の美しい風情に誘われて源氏は住吉大明神へ願ほどきに詣でようと決めました。
源氏は数日の暇乞いの為に冷泉帝に伺候しました。
秋特有の抜けるような空に清々しい風が吹き抜けていきます。
紅く染まった勝虫(かちむし=とんぼ)が高く低く飛ぶのも実りの時期が近い証拠でした。
ふと足を止め、冷泉帝のこの御世が豊かでありますように、と源氏は密かに祈りました。
帝のお側には藤壺の入道の宮もおられました。
入道は落飾されたので皇太后という位にはつけませんが、今は御封(みふ=禄)もそれに準じており、“藤壺の女院”と呼ばれております。
何より気兼ねなく冷泉帝にお会いできるのが以前と変わって晴れ晴れとした御顔でいらっしゃいました。
藤壺の女院と源氏、この二人の関係も変わってきていました。
それはもちろんお二人とも互いを想う気持ちを捨てきれぬところはありますが、女院は仏弟子となった身ですし、男女の愛を超えて帝をお守りするという信念の元に戦友のような関係に変容しつつあります。
女院は源氏が流浪の果てに大きな獅子となって戻ってきたことを頼もしくも嬉しく感じていましたが、二人の愛が過去のものになったのだと少しさみしく思われるのでした。
こればかりは女心とて致し方なきことでしょう。
帝は源氏を慕っているので気兼ねなくお声をかけられます。
「源氏の大臣、住吉大明神に詣でられるそうですね」
「はや帝の御耳に届いておりましたか」
「大明神は霊験あらたかと聞き及んでおります」
「はい。何より住吉大明神に救われたこの身ですので・・・」
源氏が須磨で辛い思いをしたことを仄めかすと帝も寂しく感じていた三年の日々を思い出されたようです。
「本当に戻られてよかった」
そのまっすぐな瞳が素直な御性質であるように思われて、学識、教養だけでなく気立てもお優しく成長されたものよ、と源氏は心の裡で涙を流しました。
源氏の宮中での宿直(とのい)所は桐壷と昔から定められています。
その近くの梨壺には新東宮である朱雀院の皇子がいらっしゃいました。
まだ幼いので、東宮殿ではなくこちらで母君の承香殿女御と暮らしておいでです。
源氏は度々東宮に拝顔し、女御にも何かあればお声をかけてください、と気を遣っているので、女御も源氏に親しみをお持ちのようです。
女御の父君は現右大臣でいらっしゃいますが、女御はあまり深く朱雀院の寵愛を受けたわけではないのです。
控えめな姫で、いつでも朧月夜の尚侍の君に気圧されていたのですが、皇子をお産みになったことで今はときめいておられるのです。
新東宮は面差しが朱雀院に似ておられることから、亡き桐壷院にも似ておられるように思われます。
源氏にしてみれば甥にあたるわけですし、懐かしく感じられるので自然にこちらも後見のような気持ちになるのでしょう。
昔の君ならば女御に下心でも抱きかねないところですが、やはりこの辺りが立派になられたところでしょうか。
この『源氏物語』は私がアレンジして書いているもので、人物描写なども私の想像などが重きを占めています。
また失われた巻についても想像で描いているので、オリジナルのものとは違います。
お問い合わせが多いのでこの場にて・・・/ゆかり



