帝の心配など露知らず、源氏は表向きは真面目な貴公子を通していました。
宮中に仕える女官達はそれを物足りなく思い、誘いの歌を詠んでくることなどが多々ありましたが、源氏はそれとなく躱して相手にしないので、つまらないことと不満に感じていました。
若い源氏は女の方からの誘いに応じるのは面白くなく、これぞと思った姫君がなかなか靡かないのを攻略するのが恋の醍醐味のように感じていたので、手近な女官に手をつけるのは気が進まないのでした。
それでも一度だけ興味本位に関わりを持った女官がいます。
源典侍(げんのないしのすけ)という女性ですが、御年五十七、八歳。
源氏とは祖母と孫ほどの歳の差がありますが、この典侍は大層色好みで若い時分から数々の浮名を流した恋多き女性なのでした。
この御歳になっても源氏に色目を使うので、なかば呆れながらも相手にすると、ご自分ではこの組み合わせがまったく不似合だとも思っていないようです。
どのような心持ちなのかと益々好奇心が湧いて、つい過ちを犯してしまいました。
しかし流石に外聞がよろしくないと、それ以来この典侍を避けて逃げ回っているのです。
源典侍はそんな源氏の仕打ちを恨みましたが、源氏を忘れられず、なんとか恋人になりたいと願っているのでした。
この源典侍がある時帝の御髪上げを担当したことがありました。
帝はお召替えの次の間に移ってしまわれたので、手持ち無沙汰にしているところに源氏が通りかかりました。
今日はいつにもなくこざっぱりとしていて、衣装の襲(かさね)なども華やかで洒落ています。
源氏はつい悪戯をしたくなって、裳の裾を引っ張ってみました。
典侍は待っていましたとばかりに、
「あら、どなた?」
と扇の奥から流し目を送ってくるので、苦笑せずにはいられません。
歳に合わぬ派手な扇だなぁ、と見ると、真っ赤な面に金泥(こんでい)で塗りつぶした木立が描かれています。
そして扇の隅には、『森の下草老いぬれば』と書き散らされています。
年寄りには男が寄り付かない、といった意味で、なんとも露骨に婀娜めいた文言に源氏は絶句しました。
「いやいや、『森こそ夏の宿りなるらめ』という歌にあるように、あなたの元には若駒が集まることでしょう」
そう躱して逃げようとしたところ、
君し来れば手馴れの駒に刈り飼はむ
さかり過ぎたる下草なりとも
(あなたがおいでになるのであれば愛馬の為に草をごちそういたしましょう。老いておりますが私もどうぞ)
と色っぽく言うので、
「他の若駒に恨まれそうなので遠慮しておきます」
源氏は早くその場を立ち去ろうとしました。
誰かに見られでもしたらとてもみっともない、と思われたのです。
そそくさと去る源氏の後ろ姿をこれは意外な取り合わせであると、誰あろう父帝が覗かれていたのは不運としかいいようがありません。
「まじめすぎると心配するほどのことではなかったが、しかし・・・」
帝は少々複雑なご気分でした。
この『源氏物語』は私がアレンジして書いているもので、人物描写なども私の想像などが重きを占めています。
また失われた巻についても想像で描いているので、オリジナルのものとは違います。
お問い合わせが多いのでこの場にて・・・/ゆかり
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