今日ご紹介するのは『源典侍(げんのないしのすけ)』。
源氏物語には数少ない、思わず笑ってしまうような場面が散りばめられています。
源典侍は宮中にお仕えする女官ですが、御年五十七、八歳。
源氏の君が二十歳そこそこでしたから、それこそ孫と祖母のような年回りでしたが、この女性ともかく派手で厚化粧の若作り。
歳不相応なほどに恋多き女と陰口を叩かれ、源氏はさてもそこまでいい年をしてどのような心持ちなのかと興味をそそられます。
すると色気たっぷり、その気ありありに源氏の君を誘ってくるではありませんか。
源氏はついつい関係を持ってしまいます。
しかしさすがに憚られ、会うことを控えていましたが、父帝の御髪をあげる際に典侍が担当したので、気まずくも顔を合わせることになりました。
最初はやんわりと源氏の訪れのないことを非難していた典侍ですが、源氏の直衣の裾に取りすがるという思わぬ愁嘆場に・・・。
しかもその様子を父帝が覗き見していて、宮中では源氏と典侍の噂が瞬く間に広がってしまいました。
驚いたのは源氏の親友にして、葵の上の兄である頭の中将です。
源氏は浮気の気配を消すのが上手だったもので、まさか相手が源典侍とは思いもよらなかったのでした。
そのことで典侍に興味をもった頭の中将もこれまたどんな手練に落ちたのか典侍の恋人になってしまいます。
当代きっての二人の貴公子を恋人にもち、典侍にとってその頃がもっとも輝いていた時ではないのでしょうか。
とある夜、典侍を遠ざけていた源氏でしたが、そぞろ歩きしていると見事な琵琶の音に引き寄せられます。
源典侍は琵琶の名手にして美声の持ち主なのでした。
さすがに忍びないと源氏は典侍の元に泊まりますが、頭の中将もまた典侍のところに忍んできていたのでした。
頭の中将は初めて源氏の浮気現場をおさえたことがうれしくて、嫉妬に狂ったもう一人の男を演じて源氏をからかってやろうと思いました。
太刀まで抜いての大立ち回りに、いよいよ源氏も相手の正体に気付き、二人の貴公子は思わず笑い出して、ともにしどけない姿で仲良く帰っていきます。
後に残された典侍は砂を噛むような思いだったでしょう。
この騒動で二人の貴公子はふっつりと訪れなくなってしまいました。
源典侍のお話はつい色ぼけした老女のように思われがちですが、若い貴公子たちの男心を知る面白いエピソードです。

