かつぎのおっちゃん | yubiねえの日記

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自動販売機ビジネスをされてる借金をブッ飛ばせ!!自動販売機ビジネスで金持ちになる さんのブログを読ませていただいて・・・改めて、商売について考えみました。。。



うち(実家)の商売は創業からいうと80年以上になります。

ってことは、戦前からってことですね。


中心は、小売ではなく、卸問屋をしていたようです。住み込みの丁稚さんなんかも一緒に住んでいたようです。よく時代劇なんかに出てきますよね。そんなイメージなんかな~?と想像しています。うちは、大店ではないので、水戸黄門にでてくるような構えはないけどね。 

  ・・・それにしても、水戸黄門だと卸問屋って必ず悪者?


戦前、戦後は、物があれば売れる時代だったので、どうやって物を確保するかということが中心だったようです。


今なら仕入れなんて車でピューと行けるし、電話やFAXでの注文も簡単やけど・・・

当時は、でーーーっかい風呂敷と現金を持って、買い付けに行って、風呂敷かついで帰ってきます。



その後は、今のような小売店の形を取らずに、各家庭に売りに行くという形態でした。

買ってきた商品をうちで仕入れて、各家庭に回っていく専門の方がおられました。

その方を、「かつぎ」と呼んでいて、それを専門に商売をされていました。


うちにも、「かつぎ」さんがたくさん来ていたそうです。


私の小さい頃は、バイクに荷物を積んで、お買い物に行けないお年寄りのおうちなんかを回って商売をされている方が一人だけ、まだ、商売をされていました。


その方が博学で、小さい子どもでしたが、おっちゃんの話を聞くのを楽しみにしていました。


週に1回とか仕入れに来られていろんな話をしてくれます。


歴史の話とか、戦争の話とか、うちの昔の商売のこととか。。。


多分、住み込みで丁稚さんが・・・なんて話は、そのおっちゃんから聞いた話やと思う。


そのおっちゃんは、もう亡くなられていないけど、何でも知っていて、語り口調もやさしくって、

すんごい、いい人でした。


車やバスで買い物に行けないお年寄りの所に寄って、御用聞きをして、ついでに、普段は扱っていないものも、お買い物して帰ってあげます。


定期的に回るので、体調が悪そうとか、元気がないなんてのもよくわかってて、病院行くように勧めたり、近所の人に、体調悪そうやし気ぃつけてあげてね。なんて言っておいたりと、今、訪問ボランティアでやっているようなことを昔昔から、お仕事のついでにされていました。


こんな人が昔はいっぱいいてたんやろうな~と思う。

村の中のおせっかいなおばちゃんとか。

だから、「独居老人の孤独死」なんてこともなかったんやと思う。

「ボランティアやってます!!!」って言うんじゃなくって、自然に仕事や人間づきあいの中で、そういうことが出来ていたんやな~と思うと、戦後、豊かではなかったかもしれないけど、豊かな心を持ってたんやな~と思います。



多分亡くなる2年ぐらい前までは仕事されてたと思う。。。

仕事を辞めるときに、(70代後半にはなってたと思う)「もう単車に乗るのも危なくなってきたし、この年まで仕事ばっかりして来たから、これからは嫁さんとゆっくりと旅行でもしたい」と言われていた。


確か、仕事お休みされてる日には、奥様と一緒にお買い物にも来てくれてたと思う。

ずっと奥様ともラブラブでした。


ハイカラで博学で・・・じいちゃんぐらいの年代やったと思うけど、なんか、あこがれたわ~。


昔はこんな商売人さんがいっぱいいたんやろうね~。スローな時代やったからかもしれんけど。


普通に商売してるんやけど、人と人との結びつきがあって、更に結びつけても行くような。。。


そして、人を信用して、それが商売になって。。。


今の商売人とNPOの役割を一人でやっちゃって、ちゃんと生活も成り立って、家族もうまくいく・・・


今の時代にこんなことって出来ないんやろうか・・・


そういえば・・・昔は、うちの実家の店舗は、50代以上の方の溜まり場になってたな~。


今で言うコミュニティーカフェ???


んなイメージでもないけど、社交場になってたように思うわ。


店員さんとおしゃべりして、そこにいろんなお客さんが混ざって・・・嫁さんの愚痴も聞き、近所の愚痴も聞き・・・


すっとして帰っていくところ。


今は、そんな場が少なくなってるのかな~・・・と思ったりします。。。



なんだか、商売の話やらまちづくりの話やら。。。わけわからんようになってきましたが・・・


続きはこんど・・・・