こんにちは、アオサギです。

なかなか浮上できず、日常生活にも支障が出てきており、いささか困っております。

 

さて、杏さんとの一件ですが、杏さんからメールが来て、私は間髪を入れずに返信をしました。

杏さんに迷惑をかけたところは深くお詫びしましたが、自助グループの次年度申請について、彼女は一言も触れてなかったので、以下のように返信をしました。

 

抜粋です。

 

杏さんから音信不通になってしまったことで、次年度の申請に当たって、私は本当に困りました。
自助グループ担当の方と連絡をとりながら、申請できるよう奔走しました。
これまで来て下さっている方たちのことを思うと、やめるわけにはいきません。
運営する側として、次年度も活動できるようにするのは私たちの仕事です。

ですから、なんとか継続できるように動きました。
杏さんが申請者になってもらわないと、申請できない状況であったことはご認識いただいているかと思います。
そのご認識がおありでしたら、早くにご連絡していただきたかったです。

(中略)

申請書を整えることに奔走したことは覚えておいて欲しいと思います。私からすると、無責任にも放り投げたというように見えました。

それについては、よくお考えになって欲しいと思います。

そして、時間を守ることができない点について、それはどうしてなのかと質問することは当然と思います。なぜならば、一般社会では、時間を守ることは人間関係として基本的なことだからです。

 

 

このメールを返信してから、1週間後。
杏さんからメールが来ました。
結構手厳しく主張したし、自己愛的な人であることから、また何か言われはしないかと怖くて、開けることができません。
心臓が高鳴りました。
でも、件名が「ご連絡」とあったので、開けた方がいいと思い、意を決して開けました。
 
すると、予想に反し、申請に関して、何もしなかったことを素直に謝ってきたのです。
 
もしかしたら、彼女はカウンセラーの言うような自己愛的な人ではなかったのかなと思いました。
ちょっと言い過ぎただろうか。
今回のことを話し合って、やり直そうと言ってあげてもいいのかな。
そんな気持ちにもなりました。
 
でも、ちょっと待てよ。
この感覚、以前も感じたことがある。
元夫が「俺が悪かった。もうしないから」などと謝ってきた時の感覚でした。
いつだったか、子どもたちがまだ幼い頃のことです・
当時、同居していた私の母親に対して、子どもたちの前で、彼が「出て行けよ」と怒鳴ったことがありました。
私は毅然として、彼に抗議しました。
「こんなこと、私は絶対に許さないから。怒鳴ることは当然だけど、子どもたちの前でこんなこと言うのは、父親として最低だから。
どんな理由があっても、してはいけないことだからね。私は許さない」
彼は小さくなって聞いていました。
「わかった。悪かった。二度としない」と、謝ってきました。平謝りに謝ったきたから、勘弁してあげようと思いました。
だけど、彼が反省したのはその時だけで、同じようなことをやりました。
私や子どもがいない時に「穀潰し」だとか「給料泥棒」「死ね」などと、母のことを罵っていたのです。
 
昔の記憶が蘇ると、杏さんのことを受け入れてはダメだ。
きっと、思い上がるに違いない。
と、やり直すなどという気持ちは消えました。
 
彼女からのメールを改て読み返すと、やっぱり気持ち悪いです。
原文です。
会を存続させるため、尽力なさったのですね。何の協力も出来ずただ困らせてしまっただけで本当にすみません。
 
一見、反省しているように見えるけど、自分のことをタナに上げてる。
何の協力も出来ずに?
正しくは、何も出来ずにではなく、しなかったである。
彼女が申請者にならなければ、申請できないことは本人もわかっていたはず。
年末に「申請しないとね。早めに申請書の文面を考えておこう」と言ってきたのは杏さんの方だった。
なのに、協力できなかったなんて、よく言えたものだと思いました。