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Another Half Moon

そういうこと。



忘れそうになると夢に見る。


音のない世界で、私を抱きしめてくれた。


あの時、自分で刻んでしまったのだから、


此の儘一秒先の未来さえ支配されながら、


他の誰にも塗り変えられることはないのだろう。





何も聞けない……


何も云えない……


口にしたら思い出さえ壊れてしまいそうで、


知ることで今より苦しくなりそうで、


答えの無い場所を探している気がする。


誰かに宛てた手紙でさえ、


あなたを誤魔化すための手段で、


“アイシテル”と呟けば、あなたは消えていく気がした。





どんな過去も今では懐かしく思えるのに、


あなたと過ごした日々だけが、


今でも私を寂しくさせてしまう。


頭では忘れる覚悟を決めていても、


私の左手はあなたの指の形まで覚えている。


だから右手でしか手を繋ぐことができなくて、


片方で誰かの温もりを感じながら、


もう一方であなたを探すのかもしれない。





あなたは私が、私はあなたが、


変わってしまったと思っている。


こんな自分は愛されてはいけないと、


思い出の中だけでしか泳げないでいる。


だけどきっと、何も変わってないんだよ。


何時までもあの頃から離れられない私は、


あなたを想う時の私は、何も変わってない。


だけど、素直になればなるほど傷付く。





誰かが私を変えようとしていた。


誰かが私を過去から連れ出そうとした。


だけど私は望ん其の場所を離れなかった。


何時かあなたが其の場所を訪れる気がして、


目の前の幸せより、思い出を捨て切れなかった。


幸せになりたいとか、幸せにしてほしいとか、


そんなことを誰かに望んでる訳じゃない。


あの日、私のすべては途切れてしまったから、


そうじゃないことの方があまりにも多すぎて、


あなたなしで叶うことなんて、私にはひとつもない。


だから私には、望むものも欲しいものもない。





こんな夢から覚めると不安になる。


諦めかけていた気持ちが目覚めてしまう。


あなたに逢いたいと願う気持ちが、


あなたに忘れてほしくないという気持ちが、


たまらなく蘇ってしまう。





こんなこと意味がないのかもしれない。


私の知らない現実があるのかもしれない。


近付こうとすれば遠ざかっていくから、


私は疲れて他の誰かを選ぶのかもしれない。


其れなのに夢の中のあなたには体温があって、


忘れかけていた私の頬を涙が伝っていった。


まだこんなにも苦しい……


こんなにも悲しい……





例えばあなたが変わってしまっていたら、


私はもうあなたを愛さなくなるのか。


例えばあなたが汚れてしまっていたら、


私はもうあなたを愛さなくなるのか。


例えばあなたが何も持っていなければ、


私はもうあなたを愛さずに済むのか。





そんな単純なことならきっと忘れてる。


どんなあなたを想像したとしても、


そしてあなたに傷付いたとしても、


裂いても、汚しても、壊しても、


それでもあなたを消せないでいる。



墓場の横で泣く私、


墓場の横で笑う私、


墓場の横で祈る私、


棺の中に眠る私。


不幸でも笑いたくなる瞬間、


幸福でも壊したくなる瞬間。


濁った水溜まりにスニーカーを濡らしたくなったこと、


繊細なガラス細工を高い位置から落としてみたこと、


ありえない情景は恐ろしいこと以上に美しい。


微笑みながら棺に花を手向ける少女、


潤う一部と裏腹に無表情の淑女、


鋭さを持った美しさ、


危険を伴う美しさ、


グロテスクであることの美しさ、


其れは人の一部分。


其れが私の大部分。


其れは私の考えるあるがままの人の姿。


セックスは子供には恐ろしく見える行為、


セックスは初めてにはグロテスクに感じる行為、


セックスは男と女がいずれ知る美しい行為。


時に労り、


時に狂喜となり、


時に優しく二人を癒し、


時に虚しく一方を傷付ける。


言い切れるようなものやことは存在しないだろう。


常に両面を持ち、双方に両極端の感じ方が生まれている。


表側から見るよりも、裏側からの景色が美しい場所もある。


私は人に、場所に、時間に、それを探し、求めているのかもしれない。


葉の裏、皿の裏、人の裏。


見れば必ず其処に何かが見えてくる。


美しくも恐ろしい姿が、


見たこともないくらいに哀しい姿が、


強く愛さなければならない何かを気付かせてくれる。


正しいとされている見方にこそ矛盾は生じ、


ものごとの大半はやはり多数決で決められていく。


其れは答えなのに、間違い。


なのに正しいとされてしまう。


私は棺に関わる4人の私すべてを正しいとする。


あなた方が知りたい私は……


4人居る。


好きな私を信じればいい。


どれも本当なのだから。



追い詰められるほどに言葉が生まれる。


口の中が冷たい。


最後の夜は訪れた。


其れが最後で最高の夜だった。


始まりの瞬間から、時計は逆向きに進んでいて、


思い浮かぶ映像だけが巻き戻しで再生される。


同じ科白が同じ部分に突き刺さる。


あなたは其れを否定して、私だけが肯定している。


あの日のあなたのヒールの音だけが頭の中で響いている。


秒針のように一定のリズムを刻んで、あなたは私に忍び寄った。



「唇が腫れるほどのキスをしたことがありますか?」


私があなたの酸素を吸って、代わりに吐き出してあげる。


呼吸を相手に委ねることは、すべてを預けて捧げることになる。


突き返して、乱されて、其の儘私は牙を剥いて噛み付いた。


此処から先に進みたいのなら、私が今此処で殺してあげる。


頭に響くヒールの音が速まって、振り上げた瞬間目が覚めた。


そう、あれは夢だった。私の見た夢だった。


なのに何故、同じ映像が今此処に残されているのだろうか。


私は其れを全部消去して嘘にした。



記憶は自由に操ることができる。


消したい時間、消したい相手は切り取ってしまえばいい。


認めたくない記憶、都合の悪い自分は塗り替えてしまえばいい。


其れを偽造して誰かに事実であるかのように伝えてしまえば、


記憶は上書きされて、まるでそうであったかのように作り変えられる。


あなたを消去する、私を消去する、あの日を忘れる。


何度も辿られた記憶は、他より深く刻まれて、触れる度に思い出す。


他の何かで埋めようとして、詰め込んでも染み込んで元の深さに戻る。


切り取っても再製して、塗りこんでも違う色に染まらない。


消して欲しい……


その後のことは全部。



時が訪れて、孤独は増して、私はあなたに逢いに出た。


あるひとつの欲だけを全身に張り巡らせて、


終わるしかない予感を感じながら私は其れを使い切った。


すべてを果たすと同時に毒は回りだす。


今日行かなければ終わらずに済む。


私は禁断の果実を余すことなく口に含んで、


情緒の頂点と引き換えに、夢を夢で終わらせた。


"愛してる”


そんな言葉は忘れてしまった。