以前 記事にも書いた事件の判決が今日出ました。
アメーバニュースにも載ってたのに見当たらないのは アクセス数が少なかったからなのか…

結果は「無罪」

私は「妥当」だと思っています。

でも、判決にあたって私なりにたくさん考えました。同じ立場に立って考えられる 数少ない経験者の一人として、考えなければいけないと思っていました…


まずひとつ目として、
医療側は遺族に説明する際に誠意ある態度で望んでいたか、ということです。
例え、事実が医療側に落ち度がなかったとしても 突然家族を失った遺族に対して、しっかりとした事実説明と遺族の思いに添う言葉があれば、そしてその思いが遺族に届いていれば、裁判は行われなかったのではないでしょうか。

信頼関係があれば こんなことにはならなかったのではないか。と考えてしまいました。


もうひとつは、

「妊娠・出産」が「すばらしいこと・喜ばしいこと」としてとらえ過ぎているのではないか、ということです。

経験して分かったことは まさに「命がけ」という言葉がふさわしいという現実でした。

でも、そんなこと誰も教えてくれてはいませんでした。

私は、自分自身が生まれる時にも赤ちゃんの立場で命の危機に直面していたけれど、

記憶にない出来事だったし、医療も発達している現在に、誰に起こるかは分からないけれど稀に起こりうる、誰しも知っているわけではない「リスク」があることを知りませんでした。


そりゃ、そんな希少なリスクを知らしめることで 妊娠・出産に対する恐怖心をあおれば、

少子化が叫ばれているこの国で、妊娠を望まない人が増えてしまっては困ることかもしれません。


でも・・・


ひとつの命が芽生え、育み、生み、そして育んでいくことに、命を懸けるくらいの覚悟がなければ、

妊娠する資格なんかないんじゃないか、と思うんです。

覚悟を決めた人が育てるなら、きっと身勝手に奪われる命もなくなるはずです。


この事件は、医療側に大きな打撃を与え、「妊娠・出産」の環境をますます悪化させています。

こんなに大きな問題になったのだから、きっと改善のために動き出してくれると願いますが、

この事件によって起きた問題の他にも、この問題の背景に何が潜んでいたのかを

もっと様々な視点から考えていってほしいと思いました。


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・・・最初に書いた記事より、かなりうまくまとめられました。

   書き直してよかったのかも・・・