2004年12月に 福島県の大野病院で妊婦が帝王切開の手術後に死亡しました。赤ちゃんは無事に生まれたそうですが、妊婦は癒着胎盤だったそうです。
PC中毒のようになった私は、仲間探しをしている時にこの事実を知りました。現在もまだ裁判中で判決は8月に出るとのことで、これが「事件」というのか「事故」というのか判断がつかないので 記事の中では書かないように気を付けていくつもりですが。

初めてこのことを知った時に、私の出産の3ヶ月前の出来事に、他人事ではないと感じずにはいられませんでした。
実際に完全にとは言えないまでも、同じ癒着胎盤の人が亡くなっていたという事実は 私が今生きている事実を嫌でも感じさせるものでした。
正直 ゾッとしました。でも同じくらい「私もあの時死んでいれば…」とも考えてしまいました。
私は母としての役目をしっかり果たしているとは言えなかったし、旦那さんに対しても妻としての役目を果たしているとは言えなかったから。
私がいないほうが、娘も旦那さんも幸せだったんじゃないかと思いました。

妊婦が死亡したことで 執刀医は逮捕されました。それが 現在日本で問題になっている「産科医不足」や「お産難民」の引き金になりました。そして、医師からは「不当逮捕」であると言う声が叫ばれ、執刀医を弁護する動きが現在も活発なようです。

この記事を書くにあたって、携帯で調べられる範囲で この出来事を調べましたが…
素人には難しい用語が多く 本当に理解しているかと言われれば自信はないですが、
癒着胎盤という症例がたいへん稀であること
事前に発見することは不可能であって、分娩時に発見されて対処されること
癒着胎盤でもいろいろなケースがあること
結果、私の例は稀な中でも難しいケースだったにも関わらず、医師の敏速な判断によって 一命をとりとめた、ということは分かりました。

助けられた命…
私の命はそれまでも 数回助けられたものでした。
また 助けられた。
また 助かってしまった…

3年前の私には 生きることへのプレッシャーに感じました。
感謝したくても
「生きていてよかった」とは思えない日々…
娘の存在さえ 感謝には繋がらない 自分本意の日々を送っていました。