母のすぐ下は2歳違いの弟である。


母と弟の写真がある。二人ともまん丸い同じような顔をしている。


何故、祖母は母に”お前の顔は馬面”と言い続けたのか?


母がそのことを私に教えたのは、そんなに前の事ではない。だから、母は80年近くもそれを心に収め、誰にも言わずに今まで生きて来たのだ。


朝食のお茶碗を洗いながらそれを聞いた私は、母に「それは辛かったね~。どうしておばあちゃんはそんなことを言ったんだろうね~。」と、心から同情した。


私の推測は、”母さんの顔が、おばあちゃんが期待したようなものではなかったのかもしれないね~?”だったのだが、母のその他の思い出を聞くうちに、どうも違うような感じもしていた。


というのは、母がいつも泣いていた、小さい頃の写真は泣き顔しか残っていない!と言うからだ。


祖母が母の弟を背中におぶり、母の手を引いて買い物などに行っても、祖母はいつも母の手を離し、母の思い出としては、泣きながら祖母の着物の袖をいつも掴んでいたというからだ。


まるで、母のことが邪魔!であるかのような態度である。


母の幼い頃の思い出は、泣きながら祖母に置いて行かれないように必死になる自分。それに、馬面と言われながらも何故そんなことを言われるのだろう?という疑問と悲しみが綯い交ぜになった自分である。


Tomokoさんの霊視で、祖母が母を女として感じ、その部分で我が子を否定する言動に出たのだと聞いた時、母も私も納得した。腑に落ちた感じがした。


祖母にとっても、きっと説明のつかない感情であったのかもしれない。


母にとっては自分の顔が馬面だという刷り込みのためのコンプレックスで、学校に行くようになっても決して手を挙げて発表したりすることは出来なかったという。


子供は親が気付かない所で悲しみや寂しさや恐れを受けてしまい、それが後々の人生に何らかの影響を与えることがある。


親も親になったからと言って決して完璧ではないから、気付かぬうちにそういうこともある。それは誰も責められない場合もあるのだ。


インナーチャイルドを癒しても、それが癒されない場合もある。そんな時には、退行催眠などで、過去世などを探ってみる事も必要かもしれない。


色々なケースがあるので一概には言えないが、母の場合はそんな想いがお腹の底の方に硬く四角い棒のような形で収めてあった。


それはまさしく母らしい形状であった。


そして、もう一つ母らしい面白い現象もあったが、それは次回に。


つづく