父への復讐を果たし、心神喪失していた私は自分の記憶の断片をすべて文章化することで自らを文章としてこの世へ残すことを目標にしていました。そしてその作業が終わったあと何の後悔もなければ死ぬつもりでいました。以上が私がどうして小説を書いていたかの理由です。決して何かしらの対価を求めていたわけではなかった。まあ、私もただで良い曲を沢山聞かせていただきました。なのでその私の遺書にするつもりだった散文の群れを別の何かしらの創作物の種とすることについて何か文句を言う気は起きません。なにしろお互い様ですから。
一時期、私は恋人の死を取り扱った話を書き続けていました。このことについて少し説明したいと思います。まず私にいた過去の恋人は二人です。一人はあやの、もう一人は別のブログ記事で書いた家につれこんだ先輩です。あやのさんは中学の頃の同級生で私はおそらく私が死ぬまで彼女のことが好きなままなのでしょうね。ハリーポッターのスネイプ先生っているでしょう。彼ぐらいには俺は彼女のことを愛している。しかしだからこそ一緒にいようとも思いません。私には彼女を幸せにしてあげられる自信がない。私は私自身の幸福よりも彼女の幸福を願います。そして私は私の中で彼女を死んだことにして彼女のことを忘れようと試みたわけです。
どうしてそのようなことを思いついたのか。これには二番目の彼女である先輩が関係しています。彼女は虚言癖をもっており自分は天皇の子供であるとか不治の病を患っていてもうすぐ死ぬだとかよく意味のない嘘をつく人でした。いわゆるメンヘラですね。ついでにオタサーの姫でした。役満っぽいですよね。まあ、私は彼女に対して愛しているという嘘をつくことができなかった。嘘でも口にすることができなかった。愛しているというたった一言、その一言が口から出せなかった。それが別れる原因になりました。
よく死ぬ死ぬいっている人でしたから、恋人が死ぬというシチュエーションを私が思い浮かべるには十分な材料になりました。そして私はあやのさんが死ぬ話を書いていたわけです。結果的にあやのさんのことを忘れる試みは失敗しました。またその話を書いていたときにいくつかの恋人の死を扱った曲がうまれたことを覚えています。
今では恋愛よりも復讐という大切な目的がありますからあやのさんのことを常に考えているわけでもなく以前のようにとても好きだというわけでもなく、彼女のこともわりとどうでもいいと思えますけどね。