私はフィリピンで生まれて4歳で日本に来た。

母親はフィリピン人。

父親、自分の記憶の中では父親は日本人だと思ってた。


18歳までは。。。


今思えば、数年に一度のパスポート更新、ビザ更新。

母と共に大使館や入管に行ってた。

それでも自分は日本人だと思ってた。

だって、日本の名前で家族からも呼ばれていたし、

その名前で高校まで出たし。


あぁ、二重国籍なんだーって思ってたのは10代。


本当は違った。


父が本当の父ではないことに18歳の誕生日前に知ったのだ。

出生証明書、英語でよく分らなかったけど、

父母の欄を見て、父の名前の欄は空白。


酒びたりだった母に聞いた。

本当は酔った母になんか聞きたくもなかったんだけど。


「そう、あなたのお父さんは」


と言いかけたところで、「うるさい! やっぱりいい!」


と私は拒否した。


ドラマチックに「うそつき!」 とまではならなかった。


むしろ、冷静に


「そうか、どうりで私への扱いがなーんか微妙に違ったんだ」


そう、私には妹と弟がいるのだ。

二人は日本で生まれたので生まれた瞬間から今日まで

普通に日本人。


何が?とはうまいこと言えなかったけど、

どこかしら、父の私への態度は微妙に他の兄弟とは違うのだ。


だからといって、辛い扱いは受けてないけど。


父が本当の父ではない、という事実を知ってからの

私の日本人への帰化という目標が始まったのかもしれない。



続きはまた今度。

私のパスポートは勿論フィリピン人仕様ですが、

先日、更新がありました。

最後に更新したのは2004年。

主人と入籍したのは2003年。

更新に関しての書類に記入し、再度大使館へインタビューという

名目で行ってみると・・・

申請NG!

なんと、フィリピンでの婚姻が認められてないと!

おかしくない?

婚姻の際にフィリピンから出生証明書を取り寄せ、

在日フィリピン大使館で婚姻要件具備を発行してもらい、

必要書類を添えて役所に出す。

それでなんで婚姻できてないの??


何を隠そう、私はタガログ語も英語も話せなく、

一応通訳を通して、その話を聞いたのだけど、

要は、役所に婚姻届を出してからまた大使館にて

なにやら手続きをしなきゃいけなかったと。


そんな大事なこと聞き逃すはずもなく、

2004年に普通にパスポート更新してるのにおかしな話。

だけど、うまいこと自分の気持ちを伝えることができず、

ある意味泣き寝入り。


とりあえず、結婚時と同様に出生証明書をフィリピンから取り寄せるしかない。

その他にも

主人の戸籍謄本、婚姻要件具備、などなどを提出。。


私は出生証明書を取り寄せるだけで半年もかかった。。

またその話は後日にでも。


というわけで、フィリピン人のくせにパスポートの更新すらできない

情けない私。。


私は一体、どこの国の人なのか。

はじめまして。

フィリピン国籍をもつMariselです。

30代。

日本人の旦那さんと、その間に生まれたかわいい息子との3人の家族。

幸せ~と思うこともあれば、

やれやれと旦那さんのことを愚痴ってみたり、

子育てのことを愚痴ってみたり。


このブログの本題でもある日本人になるための道のり、

そう「帰化」するまでの心境だったりを書いていこうと思います。


宜しくお願いします。