陰陽座コンサート開始1時間前.
長蛇の列に並ぶのは、着流しの侍、団子屋の娘、妖艶なくノ一から果ては破戒僧まで。
スタッフと合流し、列の中から対象者を探そうと試みるも、この戦国時代集団の中から見つけ出すのは無理と断念。
夫が動きやすい様に、奥さんは朝から実家に戻っていたので、服装までは分からないと。
というか、家にはそんなコスプレ侍の服は存在しないと。
仕方なく、予定通りに会場に入り、対象者の席周辺を探す。
我々の他にもボツボツと普段着で来場している人達がいたのが不幸中の幸い。
しかし、ホール内においては完全に浮いていた。
ホール内は真っ暗で、スタッフに誘導されるがままに移動するしかない。
予想以上の混雑で、たぶんあの辺だろうと当たりを付ける事は出来ても、正確な席の位置まで辿り着くのは不可能。
わずかな明かりを頼りに対象者を探していたが、しばらくしてステージ上で4人のメンバーがスポットライトで浮かび上がり、イカヅチの轟音と共にコンサートは始まってしまった。
開き直って、「バジリスク」の主題歌だけ聞いた後、スタッフを残し俺は外へ。
終了間際に調査員は対象の席方面へダッシュして捕捉。
俺と出口で挟み撃ちにする作戦を取る。
だが、終演の時間になっても、調査員からは「対象確認不可」との連絡。
バラバラと観客が出始め、俺もさすがに今回は諦めた。
奥さんに連絡し現在の状況を伝えると、さすがに仕方無いと諦められる。
調査員がホールから出て来たので合流。
コンサート後半は、観客全員立ちながら騒ぎまくり、とても1個人を見分けられる状況では無かったらしい。
ましてやほとんどの観客がコスプレ状態なので、普段の顔写真数枚では判別出来る訳無い。
全員が諦めかけたその時、退場する観客の中に一際目立つカップルが。
牛若丸と弁慶だ。
自作の薙刀まで用意した弁慶は、女性が扮した牛若丸に楽しそうに話している。
白い頭巾的なやつで顔を覆い、ちゃんと袈裟も着ていて、背丈は巨漢とはいかないが、間違いなく弁慶。
牛若丸の方の完成度は低いが、弁慶の隣にいれば「牛若丸だね」って感じ。
コンサートが終わり、高揚した様子の弁慶と牛若丸は、笑みを浮かべながら水道橋駅方面へ向かう。
2人が俺の前を横切り、楽しそうに喋る頭巾の中の弁慶の顔を見た時、自分自身でもびっくりする言葉を口から発していた。
「対象者確認」