移動してきた個室は高層階の綺麗な部屋でした。

窓からは良い眺めが見え(立ち上がって外を眺める元気はなかったのですが)、部屋は木目調で、広々していて最高でした。

後から大部屋に移った時に見たいかにも病院然とした廊下の様子とは大違いでしたので、おそらくリノベーションをしていたのでしょう。

 

看護師さんたちが次々と書類を持ってきてくれます。

体がしんどくて起き上がる気になれませんし、左腕には点滴が刺さったままだし、後でもいいと言われたものはことごとく後回しにしてしまいました。

 

「ここではお箸は自分のものを持ってくることになってるんです。持ってますか?」

 

知らなかった。それは大変です。

 

「持ってません」

「なら買ってきますね。この部屋は感染対策ということで出られない決まりですので……。

他に欲しいものはありますか?」

 

飲めるかは分からないのですが喉が渇いて仕方なかったので水をお願いしました。

腕からは水分補給と吐き気止めが入っているはずです。

効いてくれば飲めるようになるでしょう。

というか効いてくれ……

水分補給の点滴は1日にバッグ3つ分のようですが、こんなに喉が渇いているのにこれ3つではとても足りません。

 

それから下着も買ってきてもらうことになりました。

買い出し担当をやってくれたのは肝っ玉母ちゃん風の豪快な看護師さんです。

 

「おばちゃんっぽいのしかないけどね!こんなところだからあんま可愛いのとかなくて!」

「いえ何でも結構です」

 

しばらくすると水とお箸と下着(と預けたお金のお釣り)を持って帰ってきてくれました。

 

「あとこれね!なんかあったらすぐ押してください!」

 

指差されたのはベッド脇にぶら下がっているオレンジ色のボタンです。

これはいわゆるナースコールというやつでは?

 

「これ、押したら飛んできちゃうやつですよね?」

「あー若い方みんな気にされますけどね!ご年配の方とかけーっこう押されますから!大丈夫ですっ!」

 

元気なおばちゃんで助かりました。

 

「ただここはナースステーションから少し遠いので来るまでに時間がかかります。なので早めに押してください!」

 

この看護師さんとはおそらくその後一度も会いませんでした。

個室にはそれほど長くいなかったのと、大部屋に移る時に階が変わったので、担当ではなくなったのでしょう。

また会って元気をもらいたかったものです。

 

ドタバタも落ち着いて人がいなくなった頃、突如としてどこからか謎のメロディーが流れ始めました。

場違いなくらいポップな雰囲気で、スーパーの有線という表現が一番伝わりそうです。

しかもどう考えても建物の中から流れています。

パニックになりながら顔を上げるとそのうち音量が少し小さくなり、こんな風に聞こえてきました。

 

「おはようございます。まもなく診療開始の時間です。そのままお待ちください……」

 

この明るすぎてやや間抜けなメロディーは5分間流れ続けました。

 

「お待たせしました。ただいまより診療を開始致します」

 

という声とともにメロディーが止まったのがちょうど9時。

救急車を呼んでからちょうど5時間です。

入院が決定したのが8時過ぎ、忙しない1日の始まりでしたが、こんな少し笑える出来事もあったのでした。