投稿時代☆ | 漫画家 高坂ゆう香(KOUSAKA, yuuka)オフィシャルブログ☆

漫画家 高坂ゆう香(KOUSAKA, yuuka)オフィシャルブログ☆

漫画家・イラストレーター高坂ゆう香の公式ブログです。
プロデビュー後、小学館で少女漫画を執筆。女性誌や女性週刊誌で体験漫画も体当たりで連載。ファッション誌web漫画イラストや企業の商品イラストも担当。著書「ワクワクだけで年商30億円」共著LICA(小学館)

大学時代、私が下宿していた神戸に母が来てくれ、二人で梅田ロフトに行き、その時母が買ってくれた原稿を入れて持ち運ぶケースをいまだ大切に使っていますニコニコ音譜ビックリマーク




投稿時代、
少女に人気の、漫画雑誌に作品を描いては送り
、批評を頂いてはまた、新しく作品を描いて、また出版社に送り、

光栄なことに、K談社と、S英社と、S学館のそれぞれの人気の少女漫画雑誌で、うちでデビュー目指しましょう!とそれぞれ、担当編集者がついてくれるも、

なかなか、プロ漫画家デビューができなかった、投稿時代…。。ガーン

人気の雑誌だと、一つの新人大賞に対し全国から漫画家を目指す人から、だいたい当時400作~600作くらいの応募がきて、

その、トップの賞を受賞しなければ、プロ漫画家として、デビューはできなかった。

人気で売れている雑誌ほど、当然、人が集まりデビュー出来る競争率は高かった。

ある年のりぼん新人漫画大賞に出したときは、

その年、上から準入選、佳作~と出て、

私はその時、二番目の佳作を受賞して、30万円の賞金と留守電付きファクシミリを頂いたが、
当時のわたしにとっては大金

2番目の受賞者だったのでデビューは出来なかった。

悔しかった。


当然のごとく、親には漫画家になることを反対され続けてきましたが、

たくさんの投稿を繰り返し、やっと小学館の少女コミックのまんがアカデミアで準入選を取り、プロデビュー出来たときは、ようやっと、認めて東京に出してくれました。

投稿時代なんと6年。

高坂ゆう香のペンネームも、デビューが決まった時、お茶の間でお母さんが一緒に考えてくれた。

しかし、つらく長い先の見えない投稿時代が長かったからこそ、

忍耐力?みたいなものもついたような気がするし、

ちょっとやそっと第三者にキツいことを言われようが
あまり凹まなくなった気もするし、

かえって「もっと面白いモノをだしてやる!!爆弾」と、プラスのエネルギーに変えさせるすべも身につけられたし

これは今になり非常に有り難いとおもう。


決められたページ数の中で、読者により、共感を持ってもらうためのストーリーの構成力や、キャラクター作り、締め切りにあわせ、早く描く訓練もできたのかも、とおもう。

先が見えないなかで、何かを目指して努力する。
イラストや漫画を描いていると、よく、


「好きなことを仕事に出来て、いいわね~!」
とか、

「絵の才能があって、うらやましい。」とか、いわれますが、

好きなことを仕事にする、ということは、

自分が心を込めて、全身全霊かけてやったことが、世間一般から全力で否定されけなされる可能性もある、ということでもあるし、

自分が選んだやりたいことであるからこそ、逃げ場なんてないし、

生活が苦しくなるなんて日常茶飯事だし、

そのときに、どれだけ、精神的に耐えられるか、ということでもあると思う。

そして。

何事も最初から、ぽんと出来るものではなく、

ある程度、下積みを重ね、
涙を流し、落ち込み、
たくさんの編集者さんの意見を聞き入れる
柔軟さを持ち、
時間も体力も費やして

思考錯誤を繰り返しながら、
やっと手に入れるものである…ということ。

絶対に、才能じゃない。
やめずに続けたものが勝ち。

才能のあるひとも世の中にはいる。
しかし、それは決して私ではない。

なら、前をみ続けて描き続けるしかない。

…なんて。えらそうな事を書いてしまいましたが、

私も、まだまだ、

修行中、勉強中でありんす…。。ガーンDASH!

ほんと…がんばらなきゃだわ!!

今の目標。

自分が今、描きたいテーマを、どうやったら世の中にだせるのか…

絶対にどこかに道はあるはず。
あきらめずに探さなきゃ。



…そんなことを考えながら。

モスカフェ。

カップケーキなんかもあるのね~…目ひらめき電球

知らなかった。

そうよ。
大学時代、モスバーガーが、そののち、
カップケーキを販売するなんて、
誰が想像した…?

一生ハンバーガーだけかと思っていたわ。


漫画以外にも、
いや、きっと、漫画家で闘ってきたからこそ
漫画も含め、

新しい挑戦。
新しいチャレンジ。


これからも体当たりでがんばっていくぞ!!