先日、上野駅構内のステーショナリーの店に立ち寄った際、1冊の本のタイトルに目が留まり購入した。
「作家とおやつ」である。
明治以降、作家が美味しいおやつを紹介することが度々ある。
正岡子規は、桜餅で有名な山本屋に一時下宿していたことがある。
夏目漱石は、「吾輩は猫である」の中で、主が「芋坂の団子屋へ行こう」と客人を誘う下りがる。
そうやって、菓子の文化が後世に伝わっていくというのは、なかなか面白いものだと思う。
さて、前述の書籍の中で、俳人・中村汀女はこんなことを書いている。
『一つの菓子のうまさ、甘さに、その日の苦労が霧散するというのは、これはこんなにていねいに菓子を作る人の愛情のせいで、私たちは知らず知らずその愛情を受け取っているのではないしょうか。…菓子の季節感、これはもっとも日本のお菓子の魅力ではないでしょうか。よき国ぶりにめぐる四季、恵まれた季節を迎えるよろこびは、まったく大事な菓子に盛るよりほか仕方がないといえるかも知れません。また菓子作る心には殊更によき自然の姿が映るか知れず、それを手に受けて味わうものには、またそのままの思いが伝わる――といいたいのであります』。
こんな風に和菓子を捉えてくださる方のためには、きっと菓子職人も腕を奮いたくなるであろうと思うのであった。
何年か前、小田急線の世田谷区梅が丘の羽根木公園を散策した際、汀女の句碑があった。
外にも出よ触るるばかりに春の月 汀女
掲句の瑞々しさは、和菓子好きの俳人の、その感性から生まれたのだとすると、和菓子を作る身としても光栄なことと思う。
