時々話題に出るα線のPRRT。気になっていて、ちょこちょこ勉強しています。

神経内分泌腫瘍に則してだと、日本語で読めるまとまったものがあんまりないなぁという印象です。紙媒体だとあるんでしょうか?英語論文を中心にちょこちょこと素人勉強をしています。

正直、放射線が具体的に腫瘍を死滅させるメカニズム、α線核種の製造をめぐる議論など、素人がかじる程度では十分に理解できないことが多いのですが、まぁいいのですよそんなことは。わたしただの患者だもの。

 

 

とりあえず自分なりに理解したことを少しノートにしておきたいと思います。

※ふんわりした英語力かつ医学の素人によるノートです。

 

 

現在標準治療として使われているβ線のPRRT(ルタテラ)は、神経内分泌腫瘍の全身療法としては最有力の治療法の一つとなっていますが、現状のβ線治療の弱点として、

①    がん細胞の低酸素症(hypoxia)がβ線に抵抗性を持ち、腫瘍を十分に攻撃できない場合がある。

②    β線の射程は、腫瘍だけでなく健康な細胞にもダメージを与える可能性があり、副作用が危惧される。最も重篤なものとして白血病。ルタテラで使われるルテチウム177は、ヨーロッパでより早くに試されたイットリウム90に比べれば副作用は少ないとはいえ、なお短期的、長期的な毒性がある。

これらの点が挙げられます。

 

それに対して、α線核種による治療の長所は、

①    β線よりはるかに強力なエネルギーをもつ。腫瘍の低酸素状態に影響を受けず、DNAの二重鎖切断を起こし、より強い細胞殺傷効果が期待できる。β線PRRTが効かなくなった腫瘍にも効く可能性がある。

②    β線よりも射程が短いため、核種を適切に腫瘍にだけ届けることができれば、副作用がより小さくなる可能性がある。

こうした長所を持ちます。射程が短く強力であるという特性から、α線は腫瘍量が少ない、微小転移性疾患や播種性疾患の治療に最も向いているとされているようです。

 

以上のようなα線核種のPRRTのメリットを現時点で最も説得的に語っている報告の一つは、おそらく以下のものでしょう。

213Bi-DOTATOC receptor-targeted alpha-radionuclide therapy induces remission in neuroendocrine tumours refractory to beta radiation: a first-in-human experience | SpringerLink

α線PRRTの一種である213Bi-DOTATOC を8人の患者に投与した結果の報告です。臨床試験ではありません。どのような患者に投与し、どのような結果が出たかを個別に紹介しており、これらからは、α線治療が注目を集める理由がよくわかります。ケースをいくつか自分なりに要約してみます。

 

177Lu-DOTATOCを使い多くの腫瘍が縮小するも、一つの病変が進行してしまった多発肝転移の患者。213Bi-DOTATOCを使ったところ、進行していた腫瘍も含めて奏功した。

・肝臓に転移性腫瘍の播種があった患者。その状態から、β線では正常な組織にもダメージを与えたであろうことが想定された。 213Bi-DOTATOCによって安定を得ることができたが、α線治療から24か月後に骨髄異形成症候群(MDS)になり、その半年後急性骨髄性白血病(AMS)で死去。ただしMDSの発症は正常な組織への毒性が強いとされる90Y-DOTATOCから5年後のことであり、これはむしろβ線治療後のMDS/AMSの平均的な潜伏期間と合致した。

・膵臓と肝臓に腫瘍があった患者。はじめ90Y-DOTATOCが奏効するも、その後は難治性に。そこで 213Bi-DOTATOCで治療したところ、膵臓肝臓ともに完全奏効。その後この報告がなされるまでの28か月間、状態が維持されている。

・肝転移と骨転移がある患者。90Y-DOTATOC を使った後はグレードⅣの血液毒性(血小板減少)が出たが、213Bi-DOTATOC で治療をしたところ肝転移と骨転移が部分奏効となったうえ、血液毒性はグレードⅡにとどまった。

 

いずれも、まさしくα線PRRTに期待された効果ということになります。

そしてα線治療の衝撃は神経内分泌腫瘍の研究者や関係者のみを驚かせただけではなく、核医学全体で注目を浴びたようです。この論文が発表される前、2012年の米国核医学会The Society of Nuclear Medicine’s(SNM。現SNMMI)の年次総会でこの213Bi-DOTATOCの治療画像がその年のImage of the Yearに選ばれています。

SNM 2012 Image of the Year | Journal of Nuclear Medicine (snmjournals.org)

 

ただしこの213Bi-DOTATOCの報告でも、報告者たちはまだこれだけではαエミッターのほうがβ線より優れていると結論はくだせない、とことわっています。β線に対する腫瘍の耐性を克服できる点で非常に優れているにしても、α線の強力なエネルギーが人体にどのような害をもたらしうるかの検証がまだ十分にできていない、ということですね。ただし、神経内分泌腫瘍以外も含みますが上記報告をしたAlfred Morgenstern博士らのその後のレビュー論文では、著者らは供給の問題がクリアできれば有力な治療法であると述べています。少なくとも数年レベルでは、評価を下げるような毒性は確認できていないということですかね。An Overview of Targeted Alpha Therapy with 225Actinium and 213Bismuth | Bentham Science (eurekaselect.com)

 

α線PRRTを受けた患者のポジティブな体験談はアメリカのLacnetsの動画でもきくことができます。

Patient Story: NET Patient shares her experience with Alpha PRRT - YouTube

骨髄抑制が心配で、ルタテラではなくα線の臨床試験をうけた患者が奏功したケース。

ちなみにLacnets、YouTubeで優れた講義動画やポッドキャストを怒涛の勢いでアップしているのですが、視聴回数がかなり少なく、非常にもったいない。日本人にとってはすべて英語なのが結構ハードルが高いですが、聞き取れなくても、神経内分泌腫瘍の基礎知識がある人なら字幕または字幕翻訳である程度のことはわかるかもしれません。Lacnetsはホームページでの臨床試験の紹介もとても優れています。

Clinical Trials (lacnets.org)

 

 

 

臨床試験の形でα線治療の十分にまとまった報告はまだ自分は見ていません。

ただ、現在最も期待されている225Ac-DOTATATEを使ったインドでの試験の早期報告(early result)の要約をみることはできました。177Lu-DOTATATE を使った後に病勢が安定した患者(14例)と病勢が進行した患者(18例)の併せて32例に225Ac-DOTATATEでの治療をしたところ、15例で部分寛解、9例で病勢安定が認められ、これらはいずれも報告がなされるまでの期間(中央値8か月、2~13か月)、病勢の進行はなかったとのことです。

Broadening horizons with 225Ac-DOTATATE targeted alpha therapy for gastroenteropancreatic neuroendocrine tumour patients stable or refractory to 177Lu-DOTATATE PRRT: first clinical experience on the efficacy and safety | SpringerLink

 

 

 

現在行われている臨床試験については、以下の2つ。いずれもアメリカ拠点のようです。

①    RadioMedix社とOranoMed社共同によるAlphaMedixTM212Pb-DOTAMTATE)

NCT05153772。こちらはPRRT未治療患者に対する投与。原発巣、グレード不問。第一相試験は2019年に最初の結果が報告され、忍容性が確認されています。第二相試験のデータは2024年には報告される予定のようですが、両社によると、なんとORR(完全奏効率+部分奏効率)はすでに現在の標準治療の2倍のレベルで達成されているとのことです(Patient enrollment completed for Phase II trial of AlphaMedix in neuroendocrine cancer - Clinical Trials Arena)。

Lacnetsの臨床試験紹介ページで企業による解説&これまでの結果の報告が動画にアップされています。少人数での試験ですが、原発不問、グレード不問ということもあってそれにふさわしい成果がでているようです。解説動画によると、胸腺原発の神経内分泌腫瘍の患者にも大きな効果があったケース、CRがでたケース、G3に効いたケースなど(自分の英語力がやや怪しいですが)。なかなか夢がある。なんか明るい話題ききたいなぁとか思う同病者および関係者の方、動画を是非どうぞ。英語ですが。ALPHAMEDIX: Alpha PRRT with Pb-212 DOTAMTATE in NETs (lacnets.org)

こちらは2021年の第一相試験報告。

Phase I dose-escalation study of AlphaMedix for targeted-alpha-emitter therapy of PRRT-naive neuroendocrine patients. | Journal of Clinical Oncology (ascopubs.org)

 

 

②    RayzeBio社のRYZ101(225Ac-DOTATATE)

NCT05477576(ACTION-1試験)。こちらは膵消化管神経内分泌腫瘍(GEP-NET)に限定され、またβ線(Lu177)PRRTで病勢が進行した患者を対象としています。Ki67の上限も設けている模様。より制限が加わった試験です。今年のアメリカ臨床腫瘍学会(ASCO)で第Ib相試験を受けた安全性が報告され、今年5月末には200人規模の第3相臨床試験の投薬がはじまりました。RYZ101と標準治療との比較を行います。

試験結果の要約を出すPrimary Completion Dateは2025年7月となっています。

https://classic.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT05477576

 

α線核種は安定して大量生産をするのが難しく、神経内分泌腫瘍の場合に最有力視されているAc225もオーソドックスな製造方法だと商品化するには製造量が足りない状況だったとか。ただ、Ac225への期待の中で製造方法をめぐる研究は進んでいるようで、昨年には日本で日本メジフィジックスが、小型加速器を用いてのAc225の製造を治験に使えるレベルで世界で初めて成功させたという報道がありました。

国内でアクチニウム-225の治験用製造体制が確立:日経メディカル (nikkeibp.co.jp)

 

臨床試験も、薬の製造のための体制づくりも着々と進んできているように素人目には思えます。

日本でもα線の臨床試験が少しでも早く始まるといいですね。長生きするぞー。