今日、世間では「日本は二次大戦当時、調子に乗って戦争ばかりしていて、極悪非道のとんでもない国だった。」ということになっています。しかし、実際はどうだったのでしょうか。私はKAZUYAさんの「日本人が知っておくべき戦争の話」(ワニ文庫)を読ませていただき、衝撃を受けました。
この本では、江戸時代末期から順を追って説明されています。
いくら情勢を安定させてあげても政変ばかりの朝鮮や、政府が3つに分裂し大荒れになっていた清に振り回されながらも列強に呑み込まれずに世界の五大国にまで登り詰めて奮闘していた日本だったが、当時の幣原喜重郎外相による協調という名の弱腰、「幣原外交」によって日本と欧米との間に溝が生じ始め、また、外国に在留する日本人がいくら虐殺されようと間に入らないのが「幣原外交」であったため、清で日本人大虐殺が行われたにも関わらず全く対策を取らない日本政府に対して現地住民や「関東軍」の不満も募るばかりとなった。これは日本の「何でもかんでも信用してしまう」という悪い国民性?のようなものが顕著に表れていると思う。(良く言えばお人好しだが…)
それを見たソ連は欧米と日本の溝をさらに深め、両者を弱らせて世界を共産主義で染めるために暗躍する。「コミンテルン」と言われる共産主義団体の支部を世界各地に作ったのだ。(日本共産党は元々コミンテルン日本支部)
実際日本では朝日新聞記者だった尾崎秀実がスパイだった。彼は日本でソ連の動向等を的中させまくり、優れた評論家と言われ、近衛文麿内閣などに対して大きな影響力を持っていた。だが、的中させて当然である。ソ連のスパイなのだから。
アメリカでは、当時ルーズベルト大統領が信頼していたヘンリー財務長官の筆頭次官補、ホワイトがそうだった。彼は日本に対してこれまでの日米交渉で話し合ったことが一度もない日本が受け入れられるはずのないような内容が示されたいわゆる「ハル・ノート」を提示し、石油禁輸によって残された時間が無い日本が絶対に開戦せざるを得ないように仕向けていたのだ。
そして日本はその思惑通りにアメリカからの「最後通牒」として受け取るのだ。
しかも、実はアメリカのルーズベルト大統領本人も乗り気で、「私は決して宣戦しない。戦争を作るのだ。何とかして我々の国を戦争に持ち込もう。」とチャーチル首相に話していたという。
私が今書いたことだけでも、KAZUYAさんの本のほんの一部であり、腹が立つような真実がもっとたくさん書かれている。日本人として誇りを持って「戦後レジーム」から脱却し、日本の冤罪を晴らす(なかなか難しいかもしれませんが)ためにも、ぜひこの本は全ての日本人に読んでもらいたいと思った。