私の精神疾患について 2
あんまり詳しく書いてなかったなぁ、と思ったので何となく。 精神科を初めて受診する頃の私は強迫行為に1日6時間は費やしていました。対象はコロコロ変わって最初は小学5年生の頃。靴箱の靴or上履きを出し入れ。板書、宿題をやったかどうか、手洗い、トイレを流したかどうか。これらは小学5、6年生の頃で、費やしていた時間は2、3時間。 中学生に上がってからは靴箱の出し入れや板書等は治まったものの、明日学校に持っていく教科書、ノート、筆箱、制服の点検。これが一番辛くて受診する直前には徹夜してずっと点検をしてました。更にエスカレートして声に出し、指をさして「教科書OK」「ノートOK」と言ってましたね……。自分でもオカシイと分かってるのに止められない。イライラが止まらない。そんな日々でした。 高校生になると、それにプラスして教科書の〇行目を読み直さないと死ぬ、読み直さないと地獄に落ちるなんていう強迫観念が追加されました。何度も読み返すので勉強にならないんですね。 中学時代のイジメのせいか、特に学生服を着た男子が滅茶苦茶怖くて気付いたら対象が老若男女問わなくなって対人恐怖症にもなっていました。上手く話せない(話そうとすると酷い動悸がする)、顔が見れない、電車や歩いている時に笑い声がすると私を見て笑っているんじゃないかと怖くなって移動中は通学中でもイヤフォンをしていました。顔を出す事を極度に怖れて休日はずっと帽子を被っていたり……。 そんな頃、母親の前で大泣きしながら精神科に通院したいと懇願したんです。当時は今よりも精神疾患の認知度も低く、まさしくキチガイが行く所であり周囲にそれを知られるのが恥ずかしいという風潮が色濃かったので猛反対されました。最終的な落としどころは私が初診も1人で行くという事で収まりました。 そんなこんなで高校時代は強迫性障害、対人恐怖症、うつ病、摂食障害、睡眠障害を患っていました。男子が特に怖かったので女子校に進学しました。高校ではイジメを受けなくなり友達も出来ました。環境って大事だなと思います。 友達の1人とダイエット競争を始めたのがキッカケで仲良く共拒食症になったんですよね……。毎朝顔を合わせると「体重何キロになった?」が挨拶代わり。お互いガリガリなのに「〇〇ちゃん、細ーい!」「えー!デブだよ!」と言い合っていたのは苦い思い出です。それでも2人共欠席せず通学していたので偉いもんです。私は出席日数ギリギリアウトで春休みに補習1日受けてなんとか進級したんですけどね。行事類全部休んでたら大変な事になりました。 高校何年の頃か忘れましたがイライラしたらリスカをするようにもなり、左手首は常時ボロボロでした。何故か当時はそれがイケてると思っていた事もあって凄い事になってました。リスカ痕は今でも消えずにクッキリと残っているので、こういうのって大人になってから後悔するんだなって……。他の人にはないけど自分には(リスカ痕が)ある、他人と違うのってカッコイイと思っていたんですよね。 あの頃は手首を切ってストレス発散していたから、そういう意味では必要な行為だったのかもとは思いますが、今では7分袖や半袖を着るのに抵抗があります(着ますけどねw)。 高校3年の頃、主治医に境界性人格障害(BPD)だと言われました。確かに思い当たるどころか全てに当て嵌りました。BPDが治まってきたのは27,8歳ぐらいの頃だと思います。今はもう殆ど顔を覗かせる事はなくなった気がします。感情のコントロール(特に怒り)が出来ず、道路や駅でも構わず暴れて叫んだり寝転がったりしていました。家ではグラスを床に叩きつけたり。大事に自分で育てていたプチトマトの鉢を叩き割った事もあります。後で物凄く後悔して泣いちゃったんですよね……。 結婚してもしばらくはBPDは治まらず、家で何度も自殺未遂をしました。首吊り、電車に飛び込み、歩道橋から飛び降り等。警察のお世話にもなって大変でした。(続く)