縦糸横糸コラム

縦糸横糸コラム

YOSHiの思いつくままに書く言葉の紡ぎ目です。

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いよいよ2月も中盤に入りつつありますね、こんばんは。
今夜は全国的に雪が降ってるようですね。
今日は 「日常」について考える です。

ソチ冬季オリンピックが始まったようですね。私は興味がないので見ることが無いですが、皆さんは非日常をこの時間味わうわけです。それだけの余裕がまだあるようで羨ましいです。

「日常」というものは、「平和」というのと同じで守るために努力をするものです。しかし「日常」というものは脆くて、人災だけではなく天災という不可抗力で壊れてしまう場合があります。それを立ち直らせるのは一筋縄ではいきません。平和であれば「戦争」を防ぐ努力ということだけなのですけどね。

今回っている「日常」の社会というのは、油断をしていると崩れるもので日々の意識というか保つ努力というのが必要になります。努力というよりもわかることですね。分からないと疑問が出てこない、それが一番困るものです。

それだけ「日常」を保つのは難しいということですね。生半可な気持ちでは権力者の自由自在に扱われてしまう。それだけは何としてでも避けなければいけません。戦争なんて持ってのほかです。決めた人は行かないのですから。将来の人たちのために良い「日常」を保とうではありませんか。




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3ヶ月坊主の4週間目です。こんばんは。
立春すぎたのにまだ暖かいどころか真冬の寒さです。
今日は 「モノの価値」について考える です。

無料とか有料ということ自体が資本主義の宿命なのでしょうけど、お金がない時代は物々交換が行われていたということでこれが「料」といえるのかどうか分かりませんが、モノを買える、そして換えるという意味では「有料」のひとつなのでしょう。

これも前のお話ですが、テレビで「わらしべ長者」のような企画をやっていた番組がありました。昔の1980年代~90年代前半テレビというのは今考えたら寛容だったものですね。今は締め付けすぎなのかもしれません。

私が見たのはかの有名な梅田の歩道橋でTシャツから物々交換で最終的に何か忘れましたが、凄いものに変えようというものでした。本当にそれで大丈夫かなと思いましたがそれに乗る人っているのですね。あれよあれよとそのモノに近づいてきました。

モノの価値というのはその「モノ」だけではなく、持っている人や時代というのにも大きく左右されます。その当時はみんながほしいというものはニーズが高くで高値で売られていたものが、ブームが過ぎてそれ相応の値段になってしまうこともよくあります。切手なんてまさにそれですね。

モノには付加価値があるといえますが、その付加価値というのはあまりモノ自体にはつきません。ただし、そのモノを丁寧につくればそのモノを作った人に価値が出て、そしてそのモノの価値も上がる。上手いことできてますね。しかし虚偽の事実さえあればすぐにそれは下がっていく。

この辺の価値も認識の違いで、まだ価値があると思っている人もいれば、それにはもう価値がないと思っている人もいる。この辺のバランスなのですが、こうやって考えてみると今チヤホヤされていないモノのほうが実は高いのかもしれませんね。

だって、下がる心配が無いのだから。




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3ヶ月坊主の4週間目です。こんばんは。
まだ朝にはなってませんね。午前5時40分です。
だんだん夜明けが早くなりましたがまだ暗いです。

今日は 「立ち食い」について考える です。

「立ち食い」というとお行儀が悪いとか言われることがありますが、大阪には多くの立ち飲み屋があります。中には店の面積が少しだけありまして、あとのスペースはテーブルだけというところもあります。お安く飲み食いできるので重宝しております。

例えば、関東から来られた人がいるとします。その人をどこにご案内するかというと「立ち食い」ができるお店、例えば串カツ屋さんなどです。どうやら関東にもそういう「立ち食い」や「立ち飲み」ができるお店はあるようなのですが、どうしてもサラリーマンの憩いの場という雰囲気のようで一般にはあまり受け入れられていないようです。知られていないだけなのかもしれませんが。

ところがこちら関西ともなるとカップルや家族連れの客までも「立ち食い」をしてる光景がよく見られます。すぐに入って食べて、お会計して出るという関西的な合理主義から来ているのでしょうけど、阪神百貨店のスナックパークなど行っても、「立ち食い」のスペースには人だかりができていますからね。

「早い、安い、うまい」という言葉にあるように関西の食文化に即した食べ方であります、この「立ち食い」。何で立ちながら食べているのか、みたいなことを一度一考してみてはいかがでしょうか。



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3ヶ月坊主の3週間目です。こんばんは。
諸事情により週3回にさせていただきました。
今日は「生死」について考える です。


まず「生きる」と「死ぬ」というのは別次元で反対の意味もない、というのが私の考えでございます。人は生きるときに生きるし、死ぬときには死ぬ。逆の考えで生きられないときは生きられないし、死ねないときは死ねない。

生きる時間も決まっていれば死ぬ時間も最初から決まっているのではないかというのが私の最近の考えです。来るべきときに生きるし、そして来るべきときに死ぬ。その辺はタイミングも何も無いのですね。突然逝くときもあれば、ゆっくり逝くときもある。本当にそれぞれです。昨日まで元気だったのに、突然居なくなるというのもありますがそれもその人が死ぬ時間だったのでしょう。

自身もいつか逝くときがある。短く生きるか長く生きるのかはわかりませんが、それは死ぬときにしかわからないのでしょう。自殺にしても病死にしても。そう考えないと世の中やってられないかもしれませんね。そのときのために今を大事に。




※なお、生死観というのは宗教や個々の考えによって大きく違いますがここでは私自身の持論だけで語っていきますのでご了承ください。





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3ヶ月坊主の3週間目です。こんばんは。
諸事情により週3回にさせていただきました。
今日は「遅れ」について考える です。


あなたは遅刻をしたことがあるでしょうか?凄く唐突な質問で申し訳ないですが、私の場合は遅れそうになったらもう面倒臭いので行かないということにしてますね。どうしても必要とされる場合はできるだけ早く行きますがそこまで私を必要としているところも無いですから。笑 「遅れる」というのは気分が乗ってない、タイミングが悪いというバロメーターでもあります。

絶対遅れないと思ったときでも電車が遅れているときがあります。その場合はどうするでしょうか。乗り物マニアな私は待ち合わせなら別に交通機関、例えばバスで別の電車の駅まで行く、それで何とか遅くならないようにする、などが思いつきます。たいていそれで失敗するのですけどね。

「遅れる」というのはたいがい悪気がないものだと考えています。遅れからいかに取り戻すかが醍醐味でありましてドラマなんです。平凡に時間通りに進むよりも、記憶には残るものです。

待つのも待たせるのも、相手無しではできません。そういうのを考えながら「遅れ」というのを風流に自然なものと考えるのも有りなのかもしれません。だって私たちは精密機械でできたロボットじゃなくて人間だもの。私はみつをさんではありません。



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