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今日からメンバーも変わり、新しいテーマで令和哲学カフェがスタートしました音譜

今回、出演しているメンバーは全員2期でファシリテーターを務めた人ばかりで、ディスカッションの質が違いますポーン

 

借りた言葉ではなく、自分の中から出てくる言葉で発信しているので、伝わってくるものがありますニコニコ

 

 

今回のナビゲーターは、荒牧明楽さん。トランスジェンダーの方で、生まれたときは女性の体で、今は完全に性別が男性になってる方です。小学校のころから体と心の矛盾を感じていて、この体が自分じゃないという思いを持ってたみたいです。

 

彼が今回取り上げた哲学者が、デンマークのキルケゴール。実存主義者。

実存には3段階あって、まずは好きなように生きる段階の「美的実存」、次はボランティアなど倫理観や正義感をもって生きる「倫理的実存」、3段階目は、自己と向き合うことで本来の自分を取り戻す段階の「宗教的実存」

 

カフェの中で「キルケゴールの絶望と令和哲学の絶望の違い」について語っていたとこが今回は印象に残りましたビックリマーク

 

 

簡単にお伝えすると(急いでメモしたのでちょっとわかりにくいかも)

 

キルケゴールの絶望は、必然的絶望の中でこの物理的宇宙とどう向き合うのか、常に神が見ているなかで選択と決断をしないといけない、意思決定の大変さがある。

 

令和哲学の絶望は、非表象世界。点・線・面・立体ないところ、無知の完全性から意思決定する。また宗教の神よりも1000兆倍すごい世界。宇宙が今ここ生滅している世界。

 

私たちは、環境・状況・相手を変えることができなくて「絶望」を感じますが、やっぱり正しい絶望が大事ですね!

キリスト教の時代に対して、キルケゴールの哲学のメッセージも秀逸だったみたいですが、「キルケゴールは神を超えることができていなかった」と、Nohさんが言っていました。

その相対世界の中の絶望にとどまっている状態で人生を終えてしまったのかもしれないですねあせる