ここまで読んで下さって“いいね!”と応援して下さった方々、フォローしてくださり心の支えになって下さった方々、本当にありがとうございます。
軟骨無形成症のブログを立ち上げたつもりだったんですけど、思わぬところに不時着してしまい戸惑った部分も多々ありましたが、皆様のお陰で落ち着く所に落ち着きました。

今のところ、娘は産後から大きな変化は無く、低空飛行を続けています。
今現在妊娠中の方で胎児の病気や、FLが短いと言われて四肢短縮等で不安で悩まれてここにたどり着いた方もおられるでしょう。

今は苦しくて悲しくて辛くて隣の芝生が真っ青に見えようとも、自分が醜く生きる価値の無い人間だと感じようとも、
必ずあなたを救ってくれる人が側にいてくれます。
ご主人、ご家族、ご友人、職場の方、助産師さん、看護師さん、小児科の先生、カウンセラーさん…ずっと支えてくれます。
お一人で抱え込まないで、どうかその辛い胸の内を明かしてください。



すぐに受け入れられる人、そうじゃない人、私はそうじゃない方だからこそ、伝えたいことがあります。

生まれる前は我が子だから可愛いよねとか、我が子だから面倒みれるよね?最初はそう思ってました。
きっと周りもそう思っているでしょう。
最初は「可愛い」って言われるのが嫌でした。
“可愛い”を押し付けられている。
待望の我が子を可愛いと思えない自分は異常なのだと。
頑張って生きてくれている我が子に、会いに行くのが憂鬱だと感じる日が来ようとは思いもしませんでした。

自分の両親でさえ写真を生まれて半月程は見せれませんでした。
辛い辛いしか言わない私に気を利かせての配慮だと思いますが、写真を見たいと言われた事がありません。
旦那の両親は、お義母さんが旦那に見せて欲しいといってくれました。
可愛いと言ってくれましたが、その時の私にはその想いは届きませんでした。
ただ、母の姉に見たいと言われて、写真を送りました。その時可愛いねと言われて初めてホッとしたのを今でも忘れません。
その日を境に可愛いと言われる=娘を認めてくれている。受け入れてくれていると感じるようになりました。

気持ちが大丈夫な日もあれば、そうでも無い日もあって、自分自身も今日が大丈夫な日なのか、そうじゃないのかすらも分からない日が続きます。
誰かがよく言う『乗り越えられない試練はない』そんな事はない。
時間が止まらない以上、乗り越えるも何も進むしか無いし、立ち止まりたくても期限があるものもあるし、周りから押せや押せと首根っこを掴まれて強引にでも引っ張られるのでここに居る。ただそれだけ。

振り返った時にあの時は大変だった。どうなるかと思ったと安堵するけど、現在進行形の今も相変わらず首の後ろを掴まれて無理矢理にでも“時間”に引きずられている。といった状況。

時間がなんとかしてくれるのです。
“日にち薬”ってやつですね。
関西にしか無い言葉らしいですね、日にち薬って。しらんけど

長話にお付き合い下さいましてありがとうございました。