昔、パソコンの展示会に出かけたことがあった。場所は東京ドーム。

会場内を散歩していたところ、将棋ソフトと対局できるブースに遭遇した。野球の試合で言うと、センターの守備位置あたりに置かれていたブースだったことを、何故か覚えている。

 

パソコンに搭載されていた将棋ソフトは「森田将棋」。当時、最強の将棋ソフトと呼ばれていた。

将棋狂の当方、思わず対局してみた。今や日課にまでなった「パソコン上で将棋を指す」ことを初めて行った記念の対局である。

 

本局のポイント:将棋ソフトの筋の良さ

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【対局日】平成元年3月11日

【対局場所】東京ドーム「電脳遊園地」

【駒割り】平手
【持ち時間】無制限

【対戦相手の棋力】不明

【当方の手番】先手

【戦型】矢倉中飛車(vs中住玉)

【手数】113手

【結果】先手の勝ち

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【第1図】仕掛けの局面


第1図。森田将棋側の構えが、いかにもぎこちない。

矢倉模様の先手に対し、横歩取らせ戦法のような中住玉かつ金開きの構えは、いかにも弱そうに見える。

しかし、それに油断した先手が安直に手を出したところ、森田将棋の鋭い反撃が待っていた。

【第2図】勝負手の局面

第2図は、苦戦に追い込まれた先手が、狙いすました勝負手を指した局面。狙いは「つなぎ桂で王手金取り」。第2図以下△7三同銀▲3三歩△同桂▲同桂成△同銀▲7六桂△8二飛▲6四桂打の進行が一例で、手になっていると見ていた。

 

実戦の進行は、第2図以下△7三同金▲7六桂△8二飛▲3三歩に△5八馬が疑問手。

▲3二歩成と、ここにと金ができて、後手玉の片側を封鎖し、一気に優勢となった。

 

以下、数手進んで、第3図。
【第3図】次の一手は?

次の一手は、ごく自然な▲7四歩。

一歩を入手しながら、敵玉の近くの金を攻めると言う、寄せの基本どおりの一手である。ここは自玉も安泰なので、慌てる必要がない。よって、安い駒で迫るのが、一番効果的な攻めになる。

以下「玉は下段に落とせ」の格言どおりに寄せて、必死に追い込んだ。
先手玉には詰みがないため、人間同士の対局なら投了する局面だったが、森田将棋は延々と先手玉に王手をかけてきた。これがコンピュータ将棋なんだなと感じた。

【第4図】投了図

第4図では、後手玉に▲5二金までの詰みがあり、5二に利いている駒の数が先手の方が多いため、基本的には受けがない。
攻防手による逆転の可能性も、持ち駒が歩しかなくなった後手には全く無いことがはっきりしたため、流石に投了となった。
 

=================【昔の記録に書かれた「まとめ」】=================

 コンピュータソフトとの対局としては初めて、という記念すべき対局である。

「森田将棋」の印象は、

1 定跡には強いが、少しはずすと応用がきかない。

2 序盤はぎこちないが、中盤はかなり強い。終盤はもう一つ。

3 考慮時間が長過ぎる(わたしは15分。相手は1時間15分。5倍だ)

 本局は、中盤苦しかったが、大技を繰り出して一気に玉頭に迫り、最後は力でねじふせた。会心の逆転劇だった。

 今回、コンピュータは負けたが、筋が良いので、立場が逆転する日も近いのではないだろうか。特に、ニューロコンピュータが将棋を指したら、人間と対等に戦うかもしれない。その日が楽しみである。

(平成3年8月12日)

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この「まとめ」を今読み直すと、隔世の感がある 。今や、将棋アプリの方が人間より遥かに強いからだ。最強のアプリは、時の名人ですら歯が立たなくなっている。

 

現在の将棋アプリの強さは、「筋の良さ」といった漠然としたものが根拠になっているわけではない。終盤の寄せの正確さや、中盤の人間離れした形勢判断力が、勝率アップをもたらしている。当時の自分は、コンピュータソフトのことを「全く見えていなかったな」と、この「まとめ」を読んで、感じた。

 

【棋譜】

https://shogi.io/kifus/254282

 

(2022年8月30日)