荒城の土手も甍も桜かな(こうじょうのどてもいらかもさくらかな)

会津若松の鶴ヶ城を荒城といってよいかどうか分かりませんが、明治維新の際、討幕軍の砲火にあい、城は焼けてしまったので、広い意味では荒城といえると思います。お堀は幅広くて、とっても立派なものです。そのお堀の土手に、大きな桜の木がお堀にせり出すようにして、見事な花を咲かせています。そして、散った花びらは、土手や甍に、まるで白い雪のように積もっているのでした。