2020/21プレミアリーグ アーセナル対マンチェスター・ユナイテッド

 

レアルから加わったウーデゴールに注目が集まる中、リバプールのクロップ監督が100年に一度の逸材という賛辞の言葉を送ったガブリエル・マルティネッリを追ってみた。

 

 

ブラジルの4部リーグにあたるイトゥアーノでの活躍をきっかけにヨーロッパ行きを実現させたというサクセスストーリーが有名だが、アーセナルスカウトの行動力が結実した形だ。下の動画はイトゥアーノ時代のプレー集。

 

 

ブラジル人選手といえば派手なフェイントを繰り出し突破するイメージがありがちだが、その点マルティネッリはボールのコントロールはもちろんスピードのコントロールに秀でているのも特徴といえる。

 

そして勤勉であるというのもこれまでのブラジル人選手にないタイプ、このユナイテッド戦でも決定機を作り出すラストパスを送ったかと思えばその次には自陣ゴール前まで戻っての決定機阻止、結局前半でウィリアンと交代となったが、この時間帯は攻守で彼のスプリントが光っていた。

 

 

まだ19歳、名前からも想像できるようにイタリア系、ヨーロッパのトップリーグにすぐに順応するあたりも底知れぬポテンシャルを感じるのは私だけではないだろう。

 

 

1990イタリアW杯決勝トーナメント1回戦 西ドイツ対オランダ


先日書いた記事の続きとして見ると面白いかも。

今回の対戦はW杯本大会。調子の上がらなかったオランダだったが、西ドイツ相手に燃えないはずがない。そして、西ドイツはインテルのブレーメ、マテウス、クリンスマン。オランダはACミランのフリット、ファン・バステン、ライカールト。会場はサンシーロとミラノダービーの代理戦争として盛り上がり、事実上の決勝戦とまで言う人もいたほどだ。

 

 

そのなかで前半に起きた事件がライカールトとフェラーの同時退場、これで10対10となった。

 

ワールドカップの決勝トーナメント、どちらも負けたくない心理が働いても不思議ではない。引いて守ってカウンター、特にこの大会は得点数も少なくルール変更されるきっかけになったとも言われているから尚更だ。

 

しかしながら隣国で元々ライバル関係が強かったのに加え冒頭のミラノダービーの代理戦争をホームスタジアムで行う。さらに言えば74年のワールドカップ決勝では西ドイツが、88年のユーロ準決勝ではオランダが勝利、因縁のカードなだけにこのあとの展開は予想を大きく動くことになる。

 

10人同士の戦い、ともに1トップにして後ろはそのままで試合を進めることになる。中盤に大きなスペースが空いて両チームの攻撃が一気に活性化、ブッフバルトのクロスにニアゾーンでクリンスマンが合わせ西ドイツが先制する。1トップになってからクリンスマンの動きが目立った一方で、オランダのフリットは右足のもも裏を傷め運動量が低下していく。そしてクリンスマンは1-0の状態でお役御免、オランダはフリットの一撃に希望みを託す。これが勝敗を分けた感じだ。終盤両チームが1点ずつ奪い試合終了、最大の難関でもあるオランダを2-1で退けた西ドイツが頂点に立つことになる。

 

サッカーが10人対10人だったら…、30年前のこの試合だけで語るのは早計だがサッカーの面白さは変わることがないと思えた。

 

1999U-20W杯準決勝 日本対ウルグアイ

 

多くのタレントを擁し黄金世代と呼ばれた日本は初戦の敗戦から立ち直り準決勝にまで駒を進め、南米の雄ウルグアイと対戦することになった。

 

 

 

この黄金世代を率いたトルシエはフル代表、五輪代表、U-20代表で全て指揮を取った歴代代表監督でも初めてのケース、そのことが彼自身の仕事をよりスムーズにしたのは間違いないだろう。例えば左のウイングバック、ここにはいつも攻撃的でスキルフルな選手を入れていた。中村俊輔、小野伸二そしてこのU-20では本山雅志、右とのバランスを取るのではなく左高右低という配置、これが中盤との連携を含め絶妙なハーモニーを生み出していたのも事実だ。

 

そしてトルシエジャポンの最大のヒット作は中田浩二のDFとしての起用、なかなか難解なフラットスリーの守備戦術にあって左利きのセンターバックは必要不可欠、上背もあり左足でのフィードもできる中田の起用はサプライズではあったが実に理にかなっていたとも言える。このU-20、五輪、W杯と最も多くの試合をトルシエとともに過ごしたのはこの中田、まさに申し子とも言える存在だった。(その後はマルセイユの監督に就任したトルシエの下でもプレーしている)

 

 

この大会はボランチは1枚で遠藤保仁。稲本潤一のケガで出番が回ってきた格好だったが、小野伸二と小笠原満男という両輪としっかりと噛み合ってこの3人が揃った試合でのパフォーマンスは素晴らしかった。(決勝戦は残念ながら小野が出場停止)

 

約20年前、現地ナイジェリアのファンを唸らせた日本代表、今見ても色あせることはない。