先日、シンクロナイズドスイミングの監督と選手にインタビューしている番組を偶然テレビで見ました。

選手一人一人が一言話すのですが、何人もの選手が、

「あまりのきつさに心が折れそうになった」

と答えていました。

練習は地獄のように厳しく、監督は鬼のようだったようです。

しかし、オリンピックでメダルを狙う彼女たちにとって、練習がきついのは当たり前でしょう。

彼女たちは、単に娯楽でシンクロをエンジョイしているわけではないのです。

勝って、オリンピックでメダルを取ることを目標にしているのです。

一流の監督やコーチなら、どれくらいの素質を持った選手に、どれくらいの練習をさせれば、どれくらいの実力になるか、ある程度はわかるのでしょう。

監督に与えられた使命が、選手の望みをかなえることだとすれば、監督は、選手がメダルを取るに足る練習をさせなければなりません。

当たり前のことですが、監督は選手をいたぶって楽しんでいるわけではありません。

それだけの練習をさせなければ、メダルが取れないから、練習させているだけのことです。

受験も一緒です。

生徒それぞれに行きたい学校があって、そこに受かるように様々なことを教えていきます。

子供一人ひとりには皆、ペースがあって、早い子もいれば遅い子もいます。

そんなことはわかっていますが、その子の志望校に合格するために100に知識が必要だとすれば、私は100を教え込もうとします。

それはその子の希望を叶えるためです。

その子にとって、100を身につけることがとても難しいとしても、その子が目標を変えない限り、私は100を求めます。

つまり・・・

どんなにつらくても100を身につけて、志望校に挑戦するか、

100を身につけることをあきらめて、志望校を変えるか、

の2つに1つです。

アナウンサーが、監督に、

「厳しさは選手への愛情ですか?」

と聞きましたが、監督は、

「エサです」

と答えました。

「エサ」

とは、もちろん、ご褒美という意味ではなく、

「糧(かて)」

という意味でしょう。

つまり、メダルを取るには、それだけの「糧」が必要で、その「糧」を得るには、生半可な厳しさではだめなのだということです。

それはもう、「愛情」とかいう次元の問題ではなく、「必要」という客観的な事実なのです。

本当に受験と同じですね。

ただ、ほんの少し違うのは、私は、合格のもっと上に、

「生徒の人間としての成長」

を掲げていることです。


さて、夏期講習も明日が最終日。

気を引き締めていきましょう!


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