中学校入学後もコロナ休校による長期の自宅待機・分散登校へと続きます。


同年代のリアルなコミュニケーション機会の喪失とそれに代わるネット上のコミュニケーション急増に直面し、自分のスマホを持って間もなかった娘にとってはネット上の新しい世界への興味と同時に、時に見たくないネガティブな内容も目にするなど環境の急変に戸惑いを感じながらも周囲と付き合っていかざるわ得なかったことは大きなストレスだったのではないか。


また、運動機会の喪失と運動不足による体重増加は、小学校時代から力を入れて取り組んでいた部活の再開時のパフォーマンスに影響を与え、心身のストレスになったのではないか。


娘が病気になってから、そのきっかけや原因を根掘り葉掘り知りたくなりましたが、そうした言動でストレスを与えることは避けたかった(ネット上で専門医も病気の原因を探ることは意味がない旨のアドバイスをしていることを後日知りました)こともあって本人に詳しく聞けていないので、いずれも知り得た僅かな情報から私が勝手に解釈したことであり全然見当違いかもしれません。


これまで子供たちには『今の自分が出来ることを一生懸命やること』を我が家の教育方針として接してきました。


娘は昔から真面目な性格でしたが、小学校中学年までは真面目というよりは負けず嫌いな印象が強い元気な子でした。小学校高学年くらいからは、正義感から声をあげることはあってもだいぶ落ち着いた雰囲気に変わりました。そして中学校入学後、部活動が再開される頃には顧問の先生の指導方法に度々愚痴を溢したり、ライバルのチームメイトと良い関係を築くことができず落ち込んだりと、これまで見ることがなかった姿を見せるようになりました。


思い返せば既にこの時からSOSのサインを出していたのかもしれませんが、思春期・反抗期的な問題と捉えてしまい、優しく接してあげることができていなかったと後悔しています。


どんなことも真面目に取り組む姿勢は娘の長所として評価していましたし、短所を気にするよりも長所を伸ばすことが大人の社会で生き抜いていく上で必要不可欠なことであることを私自身信じて疑うことがありませんでした。


今も自分の教育方針が間違っていたとは認めたくない自分がいますが、娘の病気を知り、娘から思いを聞くにつれ、常に100%を求められ、それが出来ない自分は価値がないという考えにさせてしまっていたことを知りました。


続く