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いやぁ、全然知りませんでした。ほぼ予備知識ゼロに近い状態でつい先日見たんですよ。
映画「デスノート(前編)」をDVDで。
- バップ
- DEATH NOTE デスノート
知っている事と言えば「そのノートに名前を書かれたら死ぬっていうノートを手に入れた人の話」ぐらいしかありませんでした。
そんな状態で見た感想はというと・・「ほほーーっ!そういうお話だったのかぁ!かなり面白いじゃん!」でした。
原作の漫画を1ページも読んでいないので、この映画が原作に忠実なのか激しくアレンジしてあるのかさえもわかりませんが、かなり面白く感じました。
実を言うと見る前はてっきり「魔太郎が来る」by藤子不二雄 みたいな話かと思っていたんですよ(笑)
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ところがデスノートはそのノートっていうよりもそれを使う主人公とその正体を暴こうとする相手及び周囲の人間模様が中心のお話なんですね。
キラとエルの才能を駆使した駆け引きが話の中心なのかな。
FBI公開放送を使ってキラの所在地を絞り込むところなんか感心しちゃいました。
これは僕が原作を全く読んでいないからかえってよかったのかもしれませんね。原作漫画を読みつくしてそれなりに知識があったら「あれが違う・これも印象が違う・あのエピソードがあるとかないとか」といろいろ思ったかもしれません。
しかし全く知らないので純粋に映画だけで判断すると十分に面白かったです。
それでも難点はありますけどね。例えば役者さんによって演技力の差がありすぎとか。
普通に上手い役者さんも多く出ていますけど、特にチョイ役の人とかもう見てらんないぐらいヒドイ演技の人もいましたよ(笑)
でもまぁエル役の松山ケンイチ君は「男たちの大和」とは全く違うイメージだったのでかなりビックリしました。将来的に楽しみな役者さんの一人です。
もう一つ難点をあげるとすると、キラを演じた藤原君の演技っつーか演出かなぁ。
もっと天才的でクールな感じでもよかったように思えるんですが。映画で見る限りでは結構焦ったりしてる印象があって、「何もかも計算づく」というようなクールな印象が弱かったような気がします。割とすぐ容疑者扱いされてたしね。原作ではどんななんだろ?
一つわからなかった点は、キラが美術館で南空(だっけ?)に「私を殺してみなさいよ!」と言われた時にちょっとペンを取り出そうとしましたよね。
あの流れって結局全部キラの計算だったんだし監視されている事も知ってたはずなんだから、何も怪しい仕草をする必要はなかったように思えるんですが・・
ずっとすっとぼけて「俺はキラなんかじゃない!」って言ってれば完璧だったんじゃないかなぁ。
原作知らないとこういうところも分からないのかもしれませんね。
しかし原作を知らないが故に面白かったのかも。この辺は難しい。
ともあれなかなか楽しめました。しかもDVDには既に後編の予告が収録されていたんですけどこれがまた期待できそうです。だって第二のキラとか言ってんだもん。早く見たいと思わせる宣伝が上手いね(笑)
後編まで見た後で原作の漫画を一気読みしてみるつもりです。
うーん、デスノートかぁ。本当にそんなものがあったらどうだろう?
幸いにも今までそんなにまで人を憎む事も無い人生を送ってこれたので必要ないですね。先の事はわかりませんけど。
ああいう「何かを失わせる」ものよりも「何かを生み出せる」ものの方が欲しいなぁ。
今強烈に欲しいのが実はこれ。
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Apple MacBookです。
いいなー、欲しいなー。
こういうプログラムやデザインのようなクリエイティブなものを生み出すノートパソコンが欲しい~。
デスノートよりノートPCって事で。頑張って貯金しようっと。
あ、一つ心配なんですけどあのデスノートってページ数はどのくらいなんだろ?
あんなにいっぱい書いたり破り取ったりしてたら書くページがすぐになくなりそうな気がします。
そのへんも原作を読めば疑問解消かな?
先日の事、ある人に「(男の人って)女性からどんな事されたら嬉しいんですか?」と質問されました。
勿論一般的な話としてね。
そりゃあ男としては女性からあんな事やこんな事してもらったら嬉しいとかいろいろありますけど、そういうのって人それぞれで微妙に違うだろうし、年齢によっても変わってくると思うんですよ。
例えば若かりし頃(ていうか世間知らずな頃)の僕だったらどうだろう?
「何かにつけプレゼントをくれる」
「誕生日とかには手作りのケーキや料理を作ってくれる」
「僕の趣味や娯楽に付き合ってくれる」
といった感じだったんじゃないかなぁ。
しかしそれって全部自分中心ですよね。自分に対して何かしてくれる・自分の為にしてくれるという行為を求めていた訳で。
で、それなりに年齢も重ねていろいろな事もあった今、僕が本当に嬉しいのは
「自分がした事で喜んだり楽しんでくれるのが嬉しい」
と思ってます。
自分自身に対して「ああして欲しい・こうして欲しい」っていうのを特に思いつかないってのは男として魅力無いのかもしれませんけど(笑)
仕事でも自分がやった仕事の結果、それを使う人やそれに関わる人達から「すごく仕事がやり易くなったよ」とか「これは便利になったね。ありがとう」なんて言われるのがいいですね。
しかしこちらがいくら相手の事を思ってやった事だとしても正しく相手に伝わらなかったり、相手は分かってくれても周囲に誤解されたりする事も多くあります。
人それぞれ生まれ育った環境や年代の違い・経験の違いで仕事に対する考え方や常識・マナーの範囲が違うからそういう事もありますよね。時間が解決してくれる事もあるしいつまでも平行線のままの事も。
そんな時は自分が一歩離れた所に引いて見て折り合いをつけるしかありません。絶対的な正解って存在しないような気もします。
難しい問題ですけど。
そういった意味で非常に興味深かったのが映画「エミリー・ローズ」でした。
この作品を見た人の意見って大きく2つに分かれるんじゃないでしょうか。
一つは「明らかに病気である患者に対して宗教的理由を盾に必要な医学的治療を怠り、結果命を失った」という見方。
もう一つは「心に信じるものを拠り所にして魂が救われた」という見方。
この判断は難しいです。僕は医学的な方面も宗教的な方面も大した知識を持ち合わせていないので深い考察なんかはできませんが、見た後に受けた印象は後者の方でした。
でも冷静に考えると「じゃあカルト教団が信者の人を修行と称して(客観的に見たら)虐待して死なせたりする事件も許すのか?」と言われるとそれは違うと思うし。
「ならキリスト教はよくて新興宗教は駄目なのか?」と考えるとその基準は明確ではないし。
こういう宗教関連については非常にデリケートで簡単に判断できないですよね。
この作品中で、エミリーに対して悪魔祓いを行った神父は裁判で裁かれるわけですが、少なくとも神父はエミリーのために、エミリーを救おうとして動いたはずです。その方法や結果については医学的見地からすると問題はあったのかもしれませんが。
その神父の思いはエミリーの心に届いたのかどうか。体を死なせただけなのか心を救ったのか。
なかなか深いテーマだと思います。
しかしこういう事を考え出すとキリが無いのでこの作品の見所を紹介しますね。
なんと言っても印象深いのは、神父の「名前を名乗れ!」という問いに対して悪魔憑き状態のエミリーが
「ルシファーー!!!」
と叫ぶシーンです。
全くCGやら血しぶきやらも無い役者さんの演技だけのシーンですがこれがもうまさに「身の毛もよだつ」という表現がぴったりの超怖い場面でした。もしあの場に居合わせたら絶対逃げる!走って逃げる!(笑)
物凄い迫力の演技ですので必見です。必見ですけど怖がりの人はトラウマになりかねませんのでご注意を。
僕個人としては全体の出来よりもこのシーンがあるだけでこの映画は見る価値ありと思ってます。
ともあれ自分が思う事が正しいかどうか、相手のためになったのかどうか、長く生きていれば悩む事もたくさんありますけど100のうち1つぐらい伝われば良しと考えてやっていこうかなと思う2月最後の夜でした。
