ハロー、やっこです
#公式ジャンルのアラフィフの人数エグいw
現在、ナリ心理学認定アドバイザー講座7期を受講中のアラフィフのローガンです。
日々、目が見えにくくなってます


#いやーん
今日も懲りずに長文読解ブログです!押忍!
#読む人がんばって〜
数ヶ月前のことです。
またショック状態になる事があって、
母親問題が終わってなかった!!
と、思い、
ノートを書いていたら、
悲しみが深い時にいつも出てくるキーワードがある事に気づいた。
私のノートは、
最後はいつも、
寂しい、私は孤独だ。
が出てきていました。
それで、母親がまだまだ出てくるなー
と、思って悩んでいたところ、ナリ心理学認定講師の遠藤さん(ブログもSNSも一切発信してない謎のお兄さん)の復習会に参加させてもらった時に、遠藤さんに、
寂しいは、母親が原因だけど、
孤独は、自分の問題じゃない?
と、指摘されて、目から鱗でした。
まーじーかー


それはその場では全然理解出来なかったのですが、どうやら違うらしいくらいの事までは分かって、自分の宿題にしようと思いました。
それから、
「寂しい」と「孤独」を常に切り離して考えるようにしたのです。
そして、孤独って何だろう?といつも気にするようになりました。
そうしたら、
逆に、寂しい気持ちの根っこの輪郭がハッキリしてきたのです。
人間の脳って本当に面白いですよね。
何でやねん!
とツッコミたい。
そう、いつも見えていた記憶。
幼い「やっこちゃん」が独りでポツンと寂しい気持ちを抱えたまま、置き去りにされていたのです。
私は寂しい気持ちを思い出す時、いつも同じ昔の風景を思い出します。
それは、こんなシーンです。
私が3〜4歳の頃、お母さんが毎日毎日、畳の雑巾掛けばかりしていて、畳が擦り切れてしまうほど拭いていて、とても大変そうでした。
2階の六畳間に、バケツを置いて、私にお尻を向けて、固く絞った雑巾で、せっせと畳を拭くお母さんをじっと見ていました。
お母さんの顔は見えません。
私の手にはお気に入りのお人形を抱えています。
日中の眩しい太陽の光がさす家の中で、昼間のはずなのに、私の記憶の中では、夕日のようにノスタルジックになっています。
#ザ・脳マジック
幼い私は、遊んでもらえなくて寂しい気持ちでいっぱいだったのです。
でも、その頃は、自分が寂しいと思っている自覚は全く無くて、お母さんはおうちのお掃除が忙しくて大変だから、私がわがままを言ってはいけない。と思っていました。
正確には、
最初は何回も「お母さん、遊んで〜」とお願いしていました。
するとお母さんは、
「じゃあ10分ね」と言って遊んでくれました。
キッカリ10分
決して、最初からキレたりする人では無かったのです。あらゆることに我慢する人だったのです。本当は子供と遊んでる暇は無いのに我慢して10分を提供したのでしょう。
私がしたい遊びは、
人形を使ってのおままごとや、着せ替え遊びです。
当時は紙の着せ替え人形というのが流行っていて、私はそれに大ハマりし、市販の着せ替え人形に付いてくる洋服だけでは満足出来ず、画用紙で自作の洋服を何十枚も描いて作っていました。
それを一緒に作ったり、作った服を使って、
お人形で、朝から夜までの物語をお人形で繰り広げるのが大好きでした。
物語は朝から夜まであるので、お母さんの10分は、あっという間に終わってしまうのです。
とてもじゃないけど、「やっこちゃん」は全然物足りなかった。いまでもあの不満な気持ちの記憶は思い出せます。
「もっと遊んでよー!」と言うと、
「お母さんはおうちの事をやらなきゃいけなくて忙しいから、また今度ね。お約束の時間は過ぎたでしょ?」と断られました。
そういうやり取りを、幼稚園時代に幾度となくやって、遊んでくれている時でも、もはや、やっこちゃんに付き合いきれん母親の投げやりな態度が余計に私を悲しませました。
母親問題初期では、なんて可哀想な私!
お母さん酷い!悲しかったんだからねー!怒
クソー!!と思ってノートをやりましたが、
落ち着いて来ると、
理解が進みまして、
違う景色が見えてきました。。。
そもそも私は劇場型人間なので、
もっとエモーショナルに遊んで貰わないと満足いかなかったのです
しかし、母親はそういう感情を持たない人間なので、
そもそもA視点メッチャ強いから、
私の世界に共感して入るとか共有するとかの
他人の世界を感じるB視点スキルが圧倒的に弱い。
そりゃ、無理ぽ
おそらく、例え10分を10時間にしても、
私は満足出来なかったと思います。
そーゆー奴ですw
というのが、現在にも現れているな、と思いました。
母親の理解は、自分の理解に繋がる。
そういう体験をこのところしています。
さて、そんな事を知らない
幼いやっこちゃんは、初めは悩みました。
暇だ
家にいる時間は、すごーーく暇だぞこれ、どーするオイ?
お母さんと遊んでもつまらない。
そう思って、もうお母さんに期待するのをやめました。
幸いその頃の私の家は、両隣が4人姉妹。
どちらの家も、1番上の子が私と同じ歳でした。
小さな住宅街の路地の付近には同年代の子供がたくさんいたのです。
もう、明るい時間帯は、ひたすら近所の子供達と遊びまくっていました。それが私が非ダイヤなのに、コミュニケーションスキルは持ってる理由だと思います。
大声で友達の家のドアにむかって、
「あーそーぼー!」
と、遊びの誘いが言えましたからね笑
そして、今思えば、母親はプレッシャーに感じていたんだろうと思います。
#あ、今度聞いてみよ
長男の嫁の第一子で、男の子を望まれてたのに、女の子が生まれてしまい。
そもそも自分は子供が苦手で子供は欲しくなかったのに私を産み。
今度は次は男の子をと言われている中で、なかなか次の子供は出来ず(妹は8歳下)お隣さんは4人生まれてる。救いはお隣は全員女子だったことかね笑
私の母親は言語化が苦手でA視点強い非ダイヤモンドなので、自覚は無いけれど、私が怖かったんだと思います。
母親に私が幼い頃の話を聞いた時に「お姉ちゃんは手のかからない子で楽だったけど、怒ると怖い事言ってた」と言っていました。
まぁ、そうでしょうね
それもあってなのか?
怖い我が子をコントロールするためか、
強制がかなりキツかったと思います。
すぐにはキレ無いんだけど、絶対に曲げない。
みたいな。
そこが私には難解なところでした。
母親は機嫌は悪くは見えなかった。
焦ってたけど、よく笑うし楽しそうにも見えた。
ただ、片づけなさい、これやりなさい、が強かったし、いっさい妥協しなかった。
終わらないとオヤツ食べさせない、全部片付けるまで夕飯食べさせない、ワークブックがおわるまで遊ばせない、などなど。
極め付けが、
母親が描きなさい、と言って庭からもいで持ってきた「蜂の幼虫が入ったままの蜂の巣」をデッサン終わるまで目の前に置かれて描かされた
親の蜂が戻ってくるんじゃないか?
幼虫が孵って飛び出すんじゃないか?
ドキドキドキドキ


怖くて怖くて堪らなくて、
でもお母さんは終わるまでどけてくれなくて
見張ってる。
震える手で急いで描いた
当時、小学1年生くらいだろうか。
そのエピソードをダイヤモンド講座で話したら、
母親は「サイコパスクレイジーガール」
というあだ名をむねをさんが付けてくれた笑笑
うちの母親はサイコパスクレイジーガール🤪
ほんまや。
そう思ったら、少し引いて見れるようになった。
まぁ、何が言いたいのか脱線してしまいましたが
寂しいと孤独を切り離してみたら、
まず、
寂しいがハッキリ分かって、
そこを認識して、
癒せたら、
落ち着いたよ。
と、いうことと、
孤独は孤独で自分なりに考えていて、
ある程度の方向性は見通しが付いてきたんだけど、
まだハッキリ言語化出来てないということ。
そこへ、孤独については、
先日ナリくんがブログで、責任を取る人、経営者は孤独が当たり前、という内容の記事を書いていて、いや、まさにそれだなーと思った。
そう、まさにそれ。
そしてその奥にある、じゃあ何でそれが孤独の状態を引き起こすのか、という理由と、
もう一つ私のテーマである、個性と孤独、クリエイティブと孤独の関係性もクリアにしていきたいと思えてきた。脳的にも、それは関係ありそうなのだ。
なので、
「寂しい」は、
幼い頃の「やっこちゃん」を迎えに行って、よしよししてあげて、やっこちゃんが笑顔になるまで付き合おうと思う。
「孤独」は、
趣味のひとつとして、もう少しいろいろ本を読んだり調べたりして自分なりの解釈を見つけたいと思います。
また報告できるようになったらブログでお伝えしたいと思います
現場からは以上でーす
やっこ
