ハロー、やっこですニコニコ

#今日は長めの予感

 

先日、仕事先の偉い人がお亡くなりになり、

その人がキリスト教徒ということで社葬の代わりに「お別れ会」というセレモニーに参加してきました。

 

なかなか規模の大きな会社で、

地元のホテルのホール会場を使って盛大に行われました。

 

私も訳あって、その会場に集まった何百人かの前で挨拶するハメになり、

不慣れな事なので、直前は緊張しまくりました。不安不安不安

 

会場に着いて出番を待つ間、

実は心の中で、、、

 

「私は存在していい」×100くらい唱えてたww

 

それで気付いたことがある。

 

父親問題が終わってなかった時まで、

怖いことに挑戦する時、私の心の呪文は、

 

〇〇〇〇の娘だから出来る!」または

  ↑父親のフルネーム

 

「私はスーパーお姉ちゃんなんだから出来る!」

#マリオかよW

 

だった。

 

でも、そんな言葉、微塵も浮かんでこなかった。

 

 

「私は存在していい」

 

ただそれだけ。

 

ナリくんのご加護のもと的なW

#宗教じゃねぇと怒られそう笑

 

 

それを確認していたことも効果があったと思うけど、

 

呼ばれるのを待っていたら、

私より前の人たちの話が超、超、超~っっ長かった。

それでもその人たちは「存在を許されてるなぁ」と思うと

緊張も自然に治りました泣き笑い

#ありがとう話長い人

 

自分の出番が来て、

初めは少し、しどろもどろしましたが、

声を出していたらあんぐり落ち着いてきて

大丈夫になりました。

 

緊張ってさ、認めると

そんなに続かないんだねニコニコ笑笑

 

そんな事を知れる良い機会でした。

 

 

 

ここまでは余談。

#前置きが長いタイプ

 

 

 

お別れ会はどんどん進み、

 

親しい方や会社関係者からの挨拶の中で

 

亡くなったその人が一代で築き上げた輝かしい業績と、

 

家族思い、社員思いのエピソードが語られ、

 

信仰心も熱かったそうで、教会を建てたり、

 

地域の経済にも大きく貢献されていたことが語られていた。

 

紆余曲折ありながら、華々しい歴史のお話だった。

 

 

お子さんが会社を継がれていて、

 

父親の仕事への情熱と、自分が入社したころの思い出を語られた。

 

 

 

最後にスクリーンに映し出された

 

若い頃からの思い出の写真とともに、

 

しっとりと締めの挨拶も入り、

 

会は滞りなく、感動的に終わった。

 

 

 

私もその人と何度かお会いしたことはあるけれど、

 

詳しい生い立ちや会社の成り立ちは知らなくて

 

そこで語られている「苦難と成功のストーリー」

 

観ていて、じんわり感動した。

 

 

 

 

 

沢山のチャレンジ、

 

 

沢山のお金を稼ぎ、

 

 

子供も沢山いて、

 

 

地域に寄付も沢山していて、

 

 

笑顔もステキな写真。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非ダイヤモンド

 

 

 

だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

側から見たら、とても幸せそうニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

 

お子さんは

 

 

 

 

非ダイヤモンド

 

 

 

だと思う。

 

 

何故なら、先に他界されている、天国のお母様の話が出てきて、

いつも、とてもお子さんたちを心配していて

ちょっとした事でも神父様に祈ってもらっていたという温かいエピソードだった。

 

それだけでも、弱い母親だったか、過干渉タイプだった可能性が「ナリ心理学」なら十分わかる。

 

 

そして、

 

写真に写ってた

 

 

奥さんの笑顔。

 

子供たちの笑顔。

 

目が笑ってない。

 

ように見えた。

#ジャッジじゃないよ、感じた事実を述べています。

 

 

ご長男が後を継いで頑張っていて、

 

最後の言葉で感情をたかぶらせるシーンもあった。

 

普段は仲が悪いと聞いていたが、

 

父親を好きで、尊敬していたんだなぁと思った。

 

でも、父との思い出に出てくる単語が

 

「自慢された」「愚痴を聞かされた」「気性が荒い」「罵声を浴びせられた」etc.

 

父親はガチダイヤだったけれど、ジャッジが強い人だったのかもしれない。

 

もしくは、能力が異常に高いスーパー非ダイヤか。

#サイヤ人みたいに言うな

 

 

3桁の億稼いでいても。非ダイヤモンド。

 

 

という現実もあるんだなと思った。

 

 

だからやっぱり、

 

 

稼ぐだけでは「毎日笑って生きられない」んだなと思った。

 

 

他の人から見たら、日経新聞の「私の履歴書」みたいな、、、

 

 

栄光の日々、成功した幸せ一家物語に見えるのにな。

 

 

それでも非ダイヤ。

 

 

それはそれでいいんじゃないの?

 

 

とも思う一方で、

 

 

ダイヤモンドを思い出すという世界観を知った自分には

 

 

怖さが増した。

 


もうほんとに「自分はどう生きたいか」しかない。

 

 

「毎日どう楽しみたいか」しかない。

 

 

前回の7期講座の懇親会で副担任のむねをさんが

 

 

「バリ島行くより、1杯目のビールの泡が最高。」

 

 

と言っていたのを思い出す。

 

 

自分という存在に、何を注ぐか。

 

 

なのだなと考えさせられた日でした。

 

 

 

 

マジメかっ!!

 

 

 

やっこ