ダイユウサクが老衰で死亡 | よっすぃのまろわライフ

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まろわありがとうございます。お元気様です。


1991年の有馬記念で
おっとビックリ、ダイユウサク~
の迷言(実況中継)とともに優勝を飾った
ダイユウサク(牡28)が、
8日夕方、老衰のため余生を過ごしていた
北海道浦河の優駿ビレッジアエルで死亡した。

この1991年の有馬記念。
ワタクシは会場の中山競馬場のゴール板の前で
このレースを観戦しておりました。

このレースのことは今でも忘れません。

外から1番人気のメジロマックイーンが出てきたところを
内(インコース)から、あっという間に
抜き去ったダイユウサク。

ゴールした瞬間、会場は一瞬、静寂になりました。
そして、ゴールした瞬間、誰もが優勝した馬の名前がわかりませんでした。

そして、スポーツ新聞・競馬新聞を
バサバサバサと広げ、番号である8番の馬名を確認する
会場にいた観客。

そして、あちこちから、
「ダイユウサク?!」
「ダイユウサク?!」
と初めて聞いたかのような声が。

そうです。
ダイユウサクは15頭の出走馬中14番人気の馬でした。
単勝馬券が13,790円の万馬券。
馬番連勝も、圧倒的一番人気のメジロマックイーンが
2着に入ったにも関わらずの7,600円の高額配当となりました。
1991年の有馬記念の結果についてはこちらでご確認ください

勝ったダイユウサクと
騎手の熊沢はウィニングランを終え、
直線中ほどにある電光掲示板の前で
ガッツポーズをするものの、
この予想外の結末に拍手もまばらという有様でした。


馬券の方はといえば、
もちろん、ワタクシも
皆様のご想像通り、外れた口です。

そのダイユウサクが亡くなったということで、
そんな昔の出来事を思い出したのでした。


話は変わりますが、
1990年の有馬記念では、
オグリキャップが武豊の騎乗のもと、
奇跡の復活ランを遂げて優勝。
それをワタクシは自宅のテレビで観戦し、
その興奮を「来年こそは、有馬記念を会場で味わうぞ!」
と心に誓い、初めて、有馬記念を会場で観戦した、
そのレース結果が上でお話した通りとなりました。

その1991年から1997年の有馬記念まで
中山競馬場で観戦を続けたワタクシでした。
ちなみに1998年は、前売り券は購入していたものの
休日出勤し、会社で仕事をしておりました。

この1998年12月が、社会人になってから
最も働いた月となり、1ヶ月で350時間(残業時間200時間)
働いた月となりました。
連続観戦が途絶えたワタクシは、
これ以来、有馬記念を自宅で観戦しております。。。あせる