1 前世の記憶から及び前々世の記憶から推測して考察する。

 

 ネットで見る前世の記憶をもつ人などその記憶の話ばかりでその真実はともかく、哲学的考察に欠けている。そのうえ生命やら来世やら、死後の世界やら、実にもっともらしい嘘八百の物語ばかり多い。人間をコケにするのもほどほどにしてもらいたいものだ。

 

 こういった題材は自分自身の来世のために書き込むものであってそれ以外の目的を含まない。人がどのように解釈しようがその解釈力、哲学力は本人の判断力いかんである。カントが言ってるように判断力は個人の主観的能力であって知識のように他人から学ぶことはできない。もって生まれた能力である。もちろん経験を積み重ね、努力することによってその能力を向上させることは可能である、進歩の度合いはともかくとして。

 つまりカント流にいえば、前世からの主観的能力、アプリオーリな能力に後天的な経験によるア・ポステリオーリな能力で判断力を磨くと。

 

 どうせ人間、おのれの能力のない者にはどんな説明も論文も役には立たない。自己自身で研鑽することしかない。生命原理や死後の世界についても所詮わからんものにはわからんのだ、そこでショーペンハウエルの言う通り哲学のない者には哲学に変わるものとして一般大衆には宗教が必要になるということになる。宗教、つまり崇高な教えか、私は無宗教なので今いろいろと問題になってる宗教には全く縁もなければ関心もないが、人類はこのような似非指導者や宗教家に常に警鐘をならしてきたし、また鳴らす必要がある。

 

 私の現世も今となっては、若いころのように長くはない、いつあの世に行っても良いように残された時間を有意義に使いたい。できることなら司法修習生にも、このブログを見てもらいたいものである。

 経済あるいは貨幣とは何かを理解することは重要である。アダムスミスの「国富論」、およびカントのすべての論文、特にカントの法論は三大批判書である「純粋理性批判」、「実践理性批判」、「判断力批判」の凄さを証明するものである。ショーペンハウエルの「カント哲学の批判」はまさに凡作、ショーペンハウエルのレベルの低さを露呈してしまった。カントの哲学書は私にとって座右の書である。ショーペンハウエルの良さはあの独特の風貌と随筆的な晩年の論文だな。

 

 私は銀行の利息が低くなった時2015年から偶然投資信託を知るようになり、3年前から株投資も知ることとなった。仕事をやめたので無収入になったが、投資を研究することで収入の道が開けた、これはありがたいことだ。投資信託は13ファンド、9年間でわずか17万3千円の利益だった。しかしこの投資信託を知ったことで外貨定期や株購入の運びとなった。

 

 競輪、競馬、パチンコ、宝くじ等賭け事は一切やらない。前世で手痛い経験を持っているせいだろう。現世でも幼少のころ香具師の仕事で手痛い目にあって・・・それからは他力本願の賭け事は極力避けてきた。投資は賭け事や博打ではない、と。

 

 さて、私の寿命も若いときほど長くはない、いつ死んでも後悔のないように一日一日を精いっぱい生きることだ。まず5年を目標に生き、5年後生きていたらそれから5年後のことを考えて生きていく予定だ。私の前世はレフ・ニコラエビッチ・トルストイである、戦争と平和、アンナカレーニナ、復活、人生論、芸術とは何か、我ら何をなすべきか等を書いたロシアの文豪と呼ばれている作家だ。前々世はジャン・ジャック・ルソーである、スイス生まれのフランス人、社会契約論や人間不平等起源論、コルシカ憲法草案、ポーランド統治論等を書いた思想家だ。信じる信じないは貴殿たちの勝手である。前世や前々世の功績や経歴は、現世においては何の役にも立たないと知るが良い、現世は現世である。現世ではルソーの時代に残した仕事のうち、長年の研究が実って「自然法」と「自然状態」を解明した、これはカント研究による成果である。

 

 古代ギリシャ、古代ローマ以来語られてきた「自然法」そして17,18世紀に再燃した「自然状態」、「自然法」の概念をついぞ現世において解明した。これこそが今回現世の仕事だったことがわかる。まさかカントの研究がここに結びつくとは想像すらできなかった、ほとんど調べた文献ではこの解明に何の役にも立たなかった。まさに「カントの前にカントなくカントの後にカントなし」である。  

 

 我々人類は前進したり後退したりしながらも進歩していく。戦争は恐ろしい! 人間を気違いにしてしまう。見よロシア、ソビエトのあのざまを! プーチンもプーチンならゼレンスキーもゼレンスキーだ。もっと賢明な対応の仕方があったろうに、ゼレンスキーは所詮喜劇役者だ、政治家でもなく大統領の器でもない。こいつは軍資金もないのに戦争で世界を巻き込んだ野郎だ、ウクライナ市民は何をしていたんだ。米国は古代ローマを凌駕できるか・

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 さてさて後どのくらい人生の時間は残っているんだろう、終活を想定して人生設計が必要になってきたようだな。