アロマライフスタイリスト安芸幸恵です。

こんにちは(^^)

 

 

超プライベートな記事で長いのでお忙しい人はスルーしてくださいね。

長男くんの部活が日曜日に急に休みになったので、

家族でどっか行こうや~と朝から家族会議。

 

 

四国ガスのニュースレターに高知県に安芸城跡があるって

書いてあったことを思い出しました。

 

 

でも、みんな遠いやんって。

 

(画像はお借りしました)

 

 

夫は、自分とこが本家やと言ってはるんですけどね、

そら、城跡があんねんやったら子孫は行かなアカンやろう、

とわたしが張り切って提案して行ってきました。

 

 

しかも太平洋沿いを徳島から高知県安芸市まで延々とロングドライブ。

ほんま遠かった。

 

 

長男くんが小6の時に歴史にはまって、家紋を調べたり、

安芸家の歴史を調べてめっちゃ怒ってました。

 

 

安芸家が長宗我部元親に滅ぼされたって。

いっとき、長宗我部元親を許さんとか何とかうるさかったです(笑)

 

 

今の時代に生まれてよかったです。

かたき討ちに行かされたら嫌やもん。

 

 

参考までに 安芸市HP

 

 

夫もお兄さんと安藝家のルーツを調べたことがあるそうです。

家系図もあったそうなんですが、預けてたお寺の住職がおかしくなって、

寺に火をつけてその他もろもろと一緒に燃やしたらしい、とか。

 

 

 

ちなみに、安芸家の”芸”は戸籍上ほんまは”藝”なんです。

現地に行くと安藝城跡になっていました。

 

 

わたしも画数多くて面倒なので、”芸”を使いますが、

息子らは”藝”の方がかっこいいからと”藝”を使ってます。

安芸市も見やすさから”芸”にされてるのかもしれませんね。

 

 

 

こんな山道を登っていくと小高い場所に位置します。

 

 

 

石段とかもあったみたい。

入口が違うところには、もっと城跡らしいものがあるみたいでした。

 

 

 

ここからご先祖様が眺めていたんですね、きっと。

 

 

 

 

安芸家はもともと広島の菊池という場所から高知県に移動してきたらしい。

広島県では安芸の宮島が有名ですね。

(夫談)

 

 

安藝家の戦国時代、最後の人は安藝国虎さんです。

長宗我部元親に打ち取られ国虎さんは自分が死ぬ代わりに、

家来、女、子供は助けれくれと懇願して自害したそうです。

 

 

でも家来は大将と一緒に自害されたそうです。

昔は、戦に負けた家は根絶やしされていたそうなんですが、

 

 

名前を忘れたけど、国虎の息子を高知の山々を超えて徳島県の山奥に逃げました。

今でも一群一村の村で、佐那河内村です。

 

 

そこから分家していったらしいんですが、夫によるとうちが本家らしい。

(きっと諸説あると思われる)

 

 

わたしは、そんなんどっちでもいいし。

そやからって、なんか残ってるんかい?って感じなんです。

 

 

夫のおじいちゃんのその前の代に村に初めてトンネルを作ったそうです。

私財を投げうってつくったそうなんですが、名前がついてることはありません。

政治に関わってることもありません。

 

 

それはそれで、素晴らしい話ですね。

あ~、そこか!

 

 

ほんで今、財力が残ってないんですね。

残念(笑)

 

 

とりあえず、本家であろうが、分家であろうが、子孫やろうと思うので、

城跡でお礼を申し上げてきました(^^)

 

 

ちなみに、徳島県出身のシンガー、アンジェラ・アキの本名は、

安藝 聖世美アンジェラです。

 

 

会ったことないし、全く知らんけど。

どないか辿っていったら繋がれへんかなとか(笑)

ミーハー。

 

 

さて、長宗我部元親氏に滅ぼされて怒ってた長男くんのお弁当です。

あの頃が懐かしいなぁ~。

 

 

 

・タマゴとシメジ、ニラのミソスープ

・ポテトサラダ

・鳴門金時

・レンコン焼き

・鰹節入り卵焼き

・豚肉の焼肉

・玄米ご飯

 

 

国虎さん。

大きなことはできませんが、小さなことからコツコツと。

 

 

安藝家のご子孫はモリモリ食べて元気に育ってます(^^)