6月13日はユス婚約指輪記念日 ♡2018年は9周年♡
6月13日は、ユス婚約指輪記念日です

2018年は、2009年から数えて9周年。
ジュンスとユチョンの深い絆の象徴する日として、今年もお祝いしたいと思います

おめでとうございます
毎年同じような記事で申し訳ないのですが…
何よりもユチョンが芸能界に戻って来てくれましたからね
またジュンスと肩を並べてくれるはず
今年も懲りずに行きます。
さて、おさらいです~
「ユス婚約指輪記念日」 とは…
2009年 6月13日、ユチョンが㌧モバで、
ジュンスから貰った指輪を画像でお披露目した日のこと。
それがこちら…




実は当時、ユスの間ではブリガリがブームだったとか。
なのでカシちゃんたちは、ジュンスが贈った指輪は、
ブルガリのB.zero1エンゲージリング
と噂していました。
(ブランドの真偽は噂ですが、ジュンスがデザイン違いを持っていたという説も)


この前後のコンサート会場でも、ユチョンはこの指輪を着けて気にしたり自慢したりしていたそう。
見たファンによるとキラッキラッ
だったそうです。
そして何と言っても、ユチョンは雑誌取材でわざわざその話をしています。
雑誌 『ARENA37°』 2009.8 インタビュー


ユチョン 「あっ、あとこの指輪が好きです。ジュンスからもらったんです」
ジュンス 「誕生日プレゼントで」
ユチョン 「最近僕、アンラッキーが多かったんですよ。この指輪がもらえてラッキーということではなくて、つけていると心が安心してリラックスできるような気がします」
――ジュンスはなかなかプレゼントセンスがある男ですね。
ユチョン 「いえ、センスじゃなくてタイミングがいいだけです(笑)」
ユンホ 「それからはアンラッキーはなくなったの?」
ユチョン 「まだ現実的には…。でも嬉しいです」
ジュンス 「ありがとうございますぅ」
(※画像は持ち出されても構いませんが、クレジットを切らないでください~)


ね♡
ユチョンの誕生日にジュンスが指輪を贈って、
それをユチョンが惚気て、見せびらかしていたという事実!!

それ自体がファンフィクすらびっくりな出来事だったのですが…
実はこの頃、5人㌧にとってとても複雑な時期だったと思われます。
本人たちにはこの先、別れてしまう結果になるほどの多くの苦難を抱えていただろうし、
メンバーの中でも特に繊細で揺れやすいユチョンは、とても不安だったことでしょう。
そんなユチョンに、
「何があってもどんな時も、オレは絶対にユチョンの傍に居るからね!!」
ジュンスがユチョンに贈ったエンゲージリングには、
ジュンスの約束の想いが託されたのじゃないかと。
だから、ユチョンはそれを身に着けていると安心できる…。
婚約指輪記念日。
それはジュンスとユチョンの深い絆を見せる、一つの象徴的な出来事だったんじゃないでしょうか?
そんな2人は…この時期ほんとにラブラブだったようです
6/10にはユチョンのジュンスマニア宣言


もー「ジュンスのマニア」って…何だよ~?(笑)
まぁとにかく…その後もユチョンは何度となく、
「ぼ、ぼくっ‼ジュンスの大ファンですっ‼‼‼」←噛み気味w
このセリフ、何度聞いたか分かりませんけどね…

JYJの3人は、それぞれにも絆があると思うのですが、
ジュンスとユチョンは、お互いに同い年(同学年)の男同士・対等な遠慮なしの関係。
そのせいか、ファンフィクを超えるような深い想いが直に感じられるエピソードが数々あり。
今風に言うと「ブロマンス」は山のようにあります。
そのひとつに、今更触れるのもなんなのですけど、
一昨年のこの時期に、ユチョンが貶められた事件がありましたよね。
そのせいでユチョンがこの世を去ろうとしたとき、多分ジュンスはXIGNATUREコンの最中でした。
ジュンスはまだ入隊前だったから、
すぐに倒れたユチョンのところへ駆けつけたんだろうと思うんです。
2人の間にどんな会話があったのか…
想像するにも心痛いですが、きっと2人の物凄いドラマがあったんだろうなぁと。
その時にジュンスが横浜パシフィコで、特別に歌った歌…
「生きていれば」。
ジュンスは歌い終わってから涙が止まらず、胸を押さえて一旦、舞台を退場しました。
あれは真に死の淵にいたユチョンへの心からの悲痛な叫び、
「生きてくれ!!」という訴えだったんじゃないかと…。
想像はしていたけど、今思えばもっと壮絶な物語も見え隠れするようです。
そんな壮絶な舞台裏の物語が語られる日がいつの日か来るのか、
それとも、静かに眠ったまま仕舞われていくのかは分かりませんけど…、
そんな彼らの本物の愛や絆の深さにいつも感動を貰う私は、
シアペンでありながらも、これからもずっとスユペンであり続けると思うのです。
こんな屈託のない2人の笑い声が聴ける日が、近いうちにまた来ますように…
JJを含め順調に行っているように見える時でも、
彼らには私たちの計り知れない色んな問題や悩みがあるでしょう。
そんなときに誰よりも信頼して心を打ち明けることができるのは、生死を懸けて乗り越えてきた3人の仲間。闘士。
だからファンも、これからも3人を尊重し合って見守っていきたいですよね。
JYJ magazine 2 より…
(韓国語@Heeeewon2 翻訳機経由)

"온 세상 사람들이 내 곁을 떠났을 때 나를 찾아오는 사람이 친구라고 해요. 모두가 등돌리고 믿어주지 않아도 오직 한 사람만 믿어 준다면 더 이상의 위로는 없지 않을까요?" -유천 (JYJ magazine 2)
ユチョン 「世界中の人々が僕のそばを去った時に、僕をを訪ねてくる人が友人と言います。 みんなが背を向けて信じてくれなくても、ただ一人だけ信じてくれたら、これ以上の慰めはないでしょう?」
ジュンス 「友だちとはインディアンの言葉で私の悲しみを背負っていく者と言うじゃないですか。僕もそんな友だちになってあげたいです。一番辛い時に一番先に思い浮かべて貰える人になりたいです。」
2018年は、2009年から数えて9周年。
ジュンスとユチョンの深い絆の象徴する日として、今年もお祝いしたいと思います
おめでとうございます
毎年同じような記事で申し訳ないのですが…
何よりもユチョンが芸能界に戻って来てくれましたからね
またジュンスと肩を並べてくれるはず
今年も懲りずに行きます。
さて、おさらいです~
「ユス婚約指輪記念日」 とは…
2009年 6月13日、ユチョンが㌧モバで、
ジュンスから貰った指輪を画像でお披露目した日のこと。
それがこちら…




実は当時、ユスの間ではブリガリがブームだったとか。
なのでカシちゃんたちは、ジュンスが贈った指輪は、
ブルガリのB.zero1エンゲージリング
と噂していました。
(ブランドの真偽は噂ですが、ジュンスがデザイン違いを持っていたという説も)


この前後のコンサート会場でも、ユチョンはこの指輪を着けて気にしたり自慢したりしていたそう。
見たファンによるとキラッキラッ
そして何と言っても、ユチョンは雑誌取材でわざわざその話をしています。
雑誌 『ARENA37°』 2009.8 インタビュー


ユチョン 「あっ、あとこの指輪が好きです。ジュンスからもらったんです」
ジュンス 「誕生日プレゼントで」
ユチョン 「最近僕、アンラッキーが多かったんですよ。この指輪がもらえてラッキーということではなくて、つけていると心が安心してリラックスできるような気がします」
――ジュンスはなかなかプレゼントセンスがある男ですね。
ユチョン 「いえ、センスじゃなくてタイミングがいいだけです(笑)」
ユンホ 「それからはアンラッキーはなくなったの?」
ユチョン 「まだ現実的には…。でも嬉しいです」
ジュンス 「ありがとうございますぅ」
(※画像は持ち出されても構いませんが、クレジットを切らないでください~)


ね♡
ユチョンの誕生日にジュンスが指輪を贈って、
それをユチョンが惚気て、見せびらかしていたという事実!!
それ自体がファンフィクすらびっくりな出来事だったのですが…
実はこの頃、5人㌧にとってとても複雑な時期だったと思われます。
本人たちにはこの先、別れてしまう結果になるほどの多くの苦難を抱えていただろうし、
メンバーの中でも特に繊細で揺れやすいユチョンは、とても不安だったことでしょう。
そんなユチョンに、
「何があってもどんな時も、オレは絶対にユチョンの傍に居るからね!!」
ジュンスがユチョンに贈ったエンゲージリングには、
ジュンスの約束の想いが託されたのじゃないかと。
だから、ユチョンはそれを身に着けていると安心できる…。
婚約指輪記念日。
それはジュンスとユチョンの深い絆を見せる、一つの象徴的な出来事だったんじゃないでしょうか?
そんな2人は…この時期ほんとにラブラブだったようです
6/10にはユチョンのジュンスマニア宣言


もー「ジュンスのマニア」って…何だよ~?(笑)
まぁとにかく…その後もユチョンは何度となく、
「ぼ、ぼくっ‼ジュンスの大ファンですっ‼‼‼」←噛み気味w
このセリフ、何度聞いたか分かりませんけどね…
JYJの3人は、それぞれにも絆があると思うのですが、
ジュンスとユチョンは、お互いに同い年(同学年)の男同士・対等な遠慮なしの関係。
そのせいか、ファンフィクを超えるような深い想いが直に感じられるエピソードが数々あり。
今風に言うと「ブロマンス」は山のようにあります。
そのひとつに、今更触れるのもなんなのですけど、
一昨年のこの時期に、ユチョンが貶められた事件がありましたよね。
そのせいでユチョンがこの世を去ろうとしたとき、多分ジュンスはXIGNATUREコンの最中でした。
ジュンスはまだ入隊前だったから、
すぐに倒れたユチョンのところへ駆けつけたんだろうと思うんです。
2人の間にどんな会話があったのか…
想像するにも心痛いですが、きっと2人の物凄いドラマがあったんだろうなぁと。
その時にジュンスが横浜パシフィコで、特別に歌った歌…
「生きていれば」。
ジュンスは歌い終わってから涙が止まらず、胸を押さえて一旦、舞台を退場しました。
あれは真に死の淵にいたユチョンへの心からの悲痛な叫び、
「生きてくれ!!」という訴えだったんじゃないかと…。
想像はしていたけど、今思えばもっと壮絶な物語も見え隠れするようです。
そんな壮絶な舞台裏の物語が語られる日がいつの日か来るのか、
それとも、静かに眠ったまま仕舞われていくのかは分かりませんけど…、
そんな彼らの本物の愛や絆の深さにいつも感動を貰う私は、
シアペンでありながらも、これからもずっとスユペンであり続けると思うのです。
こんな屈託のない2人の笑い声が聴ける日が、近いうちにまた来ますように…
JJを含め順調に行っているように見える時でも、
彼らには私たちの計り知れない色んな問題や悩みがあるでしょう。
そんなときに誰よりも信頼して心を打ち明けることができるのは、生死を懸けて乗り越えてきた3人の仲間。闘士。
だからファンも、これからも3人を尊重し合って見守っていきたいですよね。
JYJ magazine 2 より…
(韓国語@Heeeewon2 翻訳機経由)

"온 세상 사람들이 내 곁을 떠났을 때 나를 찾아오는 사람이 친구라고 해요. 모두가 등돌리고 믿어주지 않아도 오직 한 사람만 믿어 준다면 더 이상의 위로는 없지 않을까요?" -유천 (JYJ magazine 2)
ユチョン 「世界中の人々が僕のそばを去った時に、僕をを訪ねてくる人が友人と言います。 みんなが背を向けて信じてくれなくても、ただ一人だけ信じてくれたら、これ以上の慰めはないでしょう?」
ジュンス 「友だちとはインディアンの言葉で私の悲しみを背負っていく者と言うじゃないですか。僕もそんな友だちになってあげたいです。一番辛い時に一番先に思い浮かべて貰える人になりたいです。」