
…共感してくれる人がいるかどうか分からないが、僕はこう思っている。
・技というのは、無闇に駆使するものではなく、自然と溢れ出すものだと思っている。
・技というのは、表現(天体写真の場合再現)する者の想いの強さによってある日突如生み出され、それは必要に応じて出たり出なかったりするものだと思う。
・技というのは、あくまで手段であって目的ではないと思う。たまたま全く使わなかった、という傑作も沢山ある。
・僕みたいに才能のない者は、技を天から授かることはなく、それは模倣の中で反復的に習得するしかない。
・「この技を使ってやろう」など、技を意識しているときは、まだ本当の意味での用途を果たしていない。
・技とは、何度も繰り返し練習し練習し、眠っていても手が勝手に動作するぐらい反復的な体得をし、その後
敢えてそれを使わない
というのが何かこう、真実っぽい。ちょっと新しい技を覚えたからといって、流行語のように何でもかんでも使い散らかすようなものではないと思う。
・本当の意味での技とは、あるとき表現者の手により勝手に出てきたものを、第三者が「技だ」と呼称するようなものだと思う。
・最後に…最近みな、画像処理の理論や技巧に溺れすぎだと思う。もうぐっちゃぐちゃだ。技とは僕含め才能のない人(=天才ではないという意味)にとって、模倣と反復練習を繰り返し手癖になるまで体得し、その後その技をいったん封印してしまうことが本来だと思う。いったんそれについての意識をなくす…忘れる努力をしなきゃならない。その後、自然と溢れ出す日はいつかは分からないが、そうなるまで待つしかない。意識が入ってしまう内は、まだ単なる背伸びでしかない。