体写真にとって、妥当性とは何か。
宇宙を題材にした画像に妥当性ってあるのだろうか?
一見、なさそうにも思える。
天体写真未経験の方からしたら、そんなものあるわけない、となるだろう。
けど、天体写真経験者から言わせればそんなことはない。
この作品はもっともらしい妥当な天体写真だ、という印象を鑑賞者に与えることがある。
それはどういう要素だろうか。
軟調であるとか、硬調であるとか、関係あるようで意外とそこは関係がない。
硬調でも妥当性の高い天体画像はたくさんある。
軟調でももっともらしい作品はたくさんある。
美しいという状態は、色々なシーンにおいて存在しうるのだ。
では、どういうシーンにおいて妥当性を欠いてしまうのだろうか。
 
たとえば、天の川の星がうるさいといって消してしまうとしよう。
これをやり過ぎると、一気にその天体写真画像に妥当性がなくなってしまう。
妥当性とはあくまでその人なりの主観なので断言は難しい。
けど、経験上概ね間違っていないと思う。
スターシャープというフィルターが天体写真の発展に与えた悪影響は大きい。
美しいはずの星を消してしまう。
消した後に残されたものは何だ?
背景のコピペでザラザラに荒れてしまったバックグラウンドや星雲たちだ。
このザラザラな星雲を見て下さいとばかり、生プリントでそれは如実にさらされてしまう。
 
天体写真の妥当性とは結局、
撮影手法、そして処理手法の妥当性に尽きるんだろう。
背伸びすれば、人とは違った風合い・表現になるかもしれない。
けど、そうすれば同時に妥当性という観点からどんどんかけ離れていってしまうのも事実。
結局のところ、大勢の目、そして自分の目というのはごまかすことが出来ないのだ。