最近、写真の暗部に潜んだ情報を大切にするようにしている。
今までは、暗部の色や細部情報を明るく引っ張り出すことしか考えていなかった。
けど、そうじゃなくて。
暗い部分ならではの色彩。
暗い部分ならではのディテールというのがある。
これって、わざわざ明るくせずに、そのままでイイんじゃない?
そう思うようになった。
かと言ってローコントラストにするってことじゃなく。
基準は256階調。
16ビット65535階調を最適化し、そこへ収める。
階調差が出力デバイスで反映される必要最低限。
これでいいのだと。
言ってしまえば、
暗部に潜んだ色彩は、暗部(深宇宙)を見ようとする鑑賞者に与えられる特典なんだ。
見たくない人、興味のない人には映ってこない。それでいいじゃないか。
見たくない人にまで無理やりアピールしまくる必要はないだろうと。
何でもかんでも明るく分かりやすくすればイイっていうやり方は、何か違う気がする。
路地裏に咲いた白く可憐な花っていうのは、
そこを通りがかる人、さらにそこに目を向けた人にこそ気づくオアシスなんだ。
ねぇ私を見てって自己主張して見てもらうもんじゃない。
そんなわけで、やっぱり基本は主観を交えない手法の確立じゃないか。
主観・感情を作品にこめるのだ…!って言うと聞こえがイイ。
けど、星景ならともかく僕ら星野分野に関しては違うと思う。
そこに感情移入をするのは、鑑賞者であり撮影者ではない。
撮影者の介在する心は、残念ながらカマキリの心みたいなもんだ。
カマキリのような心 = 情緒や優しさの感情もなければ、逆に邪心もない。素通しクリアフィルター。
クリアーなフィルターを通じてはじめて、鑑賞者は宇宙のメッセージをダイレクトに受け止めることが
出来る。
いかに忠実なメッセンジャーになるかの試行錯誤、これこそ僕らは大いに悩むべきだろう。