読んで少しでも役に立てる天体写真ブログでありたいです。
今日は何のテーマがいいかずっと今まで考えていたのですが、これが浮かびました。
今日は何のテーマがいいかずっと今まで考えていたのですが、これが浮かびました。
天体写真における「作品」とは何か。
まず写真画像というのは人間である作者が心をこめ何らかの内面の意図もしくは外的ファクターから得られた感動などをそれに盛り込んだ場合、それが最終出力形態において「作品」という名に置き換わり複数の人をターゲットに公開されることとなります。
ややこしいですが、簡単に言えば…
「写真画像」(画像データ・素材) ⇒ 人間というフィルター ⇒ 作品
というわけです。
作品の向かうべき方向性は、決して美しさだけはありません。
それはたとえば空虚感や絶望感のようなネガティブな内面思想を映像に置き換える場合もあるし、自然のもつディテールを限りなく忠実に二次元化することを目的とする場合もあります。
それはたとえば空虚感や絶望感のようなネガティブな内面思想を映像に置き換える場合もあるし、自然のもつディテールを限りなく忠実に二次元化することを目的とする場合もあります。
では、天体写真における作品とは何だろう。
人間の感情等、内面思想を芸術表現の題材として天体写真作品を撮るってケースはまずないことを考えると、天体写真の向かうべき方向性とは
① 解像度の追求
② 美しさの追求
② 美しさの追求
結局この2つに限定せざるを得ないのではないかと思います。少なくとも発展途上の現段階では。
①については、誰が見ても明快であり、とにかく解像度の高い結果を目指すことが目的です。
「宇宙というのは、こういう構造(形状)で成り立っているんだよ。」
というメッセージは、作品としてだけでなく、天文分野の学術観点でも意義あるものなんでしょう。
撮影者に課せられたテーマは、とにかく少しでもシャープに写すということ。
機材の使い方であったり、撮影地や時期(タイミング)の選定等により、これらが僅かながら向上する可能性があります。ある意味、これに付随する活動動機全般こそが、天体写真趣味の根本・原動力ではないでしょうか。
撮影者に課せられたテーマは、とにかく少しでもシャープに写すということ。
機材の使い方であったり、撮影地や時期(タイミング)の選定等により、これらが僅かながら向上する可能性があります。ある意味、これに付随する活動動機全般こそが、天体写真趣味の根本・原動力ではないでしょうか。
②については、①と比べてちょっと難しいです。
美しいかどうかっていうのは、人それぞれの主観が伴いますからね。
これがあるからこそややこしいし、そして面白くもあります。
たいそうなことは書けませんが、僕がこれまでの経験で至った結論の一つを綴ってみます。
仮に宇宙が1から100までだったとします。
きっと美しいという状態は両端の1や100にあるのではなく、50など線上の中間のどこかに存在するのだと思います。ズームレンズに例えると、広角端や望遠端ばかり使うタイプの人は苦労するはずなのです。また同時に、たとえば財力や筋力や知力などによって強引に手中にされるものではなく、均衡のとれた限定箇所を人間の研ぎ澄まされた感性で見つけ出すことにより具現化されるものだと思っています。仮に天体撮影を全自動でリモートコントロールする人があらゆる要求事項をコマンド化していった場合、一番最後の最後でこの美しさを入手するための実行コマンドだけはどうしても得られないことに気づくでしょう。そして、実はそれが写真にとって最も重要であることも同時に気づかされる部分でもあるのだと思います。逆に言うと、この部分のみを人間の手で没頭して行えるよう周辺環境をリモート化しているのだと言われれば、それは非常に理にかなった導入動機とも言えるのかもしれません。
美しいかどうかっていうのは、人それぞれの主観が伴いますからね。
これがあるからこそややこしいし、そして面白くもあります。
たいそうなことは書けませんが、僕がこれまでの経験で至った結論の一つを綴ってみます。
仮に宇宙が1から100までだったとします。
きっと美しいという状態は両端の1や100にあるのではなく、50など線上の中間のどこかに存在するのだと思います。ズームレンズに例えると、広角端や望遠端ばかり使うタイプの人は苦労するはずなのです。また同時に、たとえば財力や筋力や知力などによって強引に手中にされるものではなく、均衡のとれた限定箇所を人間の研ぎ澄まされた感性で見つけ出すことにより具現化されるものだと思っています。仮に天体撮影を全自動でリモートコントロールする人があらゆる要求事項をコマンド化していった場合、一番最後の最後でこの美しさを入手するための実行コマンドだけはどうしても得られないことに気づくでしょう。そして、実はそれが写真にとって最も重要であることも同時に気づかされる部分でもあるのだと思います。逆に言うと、この部分のみを人間の手で没頭して行えるよう周辺環境をリモート化しているのだと言われれば、それは非常に理にかなった導入動機とも言えるのかもしれません。
これら美についての最近の僕の考え方は、以下のようになります。
「結果論として、美しさとは作為のない手法によってのみ再現されます。」
「光の美しさを知り、それらを二次元的に模倣する上で必要な順序規則等を学び、主観を含めずそれが再現されるもっともシンプルでかつ有効な手段を検討し選び出すのです。」
「光の美しさを知り、それらを二次元的に模倣する上で必要な順序規則等を学び、主観を含めずそれが再現されるもっともシンプルでかつ有効な手段を検討し選び出すのです。」
また、それを実行する上でつまづいた問題点は現地点の下流ではなく源流である上流側にこそ解決手段があることを念頭に置き、常に改善意識を持って臨むのが良いのでしょう。
以上、天体写真画像を作品と昇華させるために込めるべきエネルギーというものがもし存在するならば、この2点が重要なファクター・方向性であることを述べさせて頂きました。