無作為な画像処理。
リニアな画像処理。

僕が最近目指す方向性。

人間の邪心が介在しない世界。
決してブレることのない安住の地。
そこに太い根っこを張りたい。

人間の邪心って言ったけど、実際はまぁ…そんな悪魔みたいなもんではないです。
寧ろすっごくデリケートでロマンチックな心。
けど悪く言えばそれは、人間の勝手な美化妄想。
恋とかに似てるかも。

ところで皆さん…
リニアな画像処理って、どんなのか分かります?
リニアというのは、たぶん直線という意味。
微弱な光情報を強調する処理において、このリニアの鉄則が利いてくる。

こういうこと、考えたことあるかな…。
暗部から明部まで右45°上がりのトーンカーブ同様の直線があるとします。
この傾斜をぐんぐん60°なり80°なり、曲げることなく直線に立てていくのです。
これがリニアな強調状態。

こうなると、画像はどうなるか。
もちろんだけど、真っ先に明部がサチってしまう。
これをトーンカーブのハイライト寝かせカーブなり、高輝度部をマスクして押し込めようとする。
これを行って淡い部分を表現しようってのが、2007年ぐらいまでの考え方だ。
しかしこれって、画像処理なりの弊害を併せ持っているんですよね。
2009年ぐらいから、その弊害に気づく人が出てくる。
オレだって気づいてた。でも、何をどうすればイイのか分からなかった。
そういうこと、考えたことありますか。
誰が悪いんだ?っていう責任問題で考えてみる。
本来リニアに強調すべきなのにそれが叶わないのはカメラのダイナミックレンジのせいなんですよ。少なくともオレとか宇宙とかが悪いわけじゃない。そこで、妥協案としてトンでしまった情報を眠ーく寝かせることで無理やり階調情報を押し込んでしまっているところに、そもそも無理があるんですよ。
もう一度言います。ハイライトを押し込めようとして眠くなってしまったってのは、宇宙のせいでもオレのせいでもなく…低性能なカメラのせいなんだよ。

けど、それではオレらは満足しない。
理想はやっぱり…どこまでもリニアな処理なんです。
このイメージを常に明確にしとかないと、画像処理はどんどんおかしな方向へ行ってしまうだろう。
勝手にカーブ曲げるなってハナシなんです。

リニアな処理というのは、言い換えればオートマチックな処理なんだ。
三ツ星のピクトロ依頼するついでに画像処理もやっといて、っていう状態に近いかも。
翌日仕上げバリに、ポンと出来てしまうってわけだ。
このオートマチックさが僕の考える旨味で、この呼吸法を覚えてしまうと、いちいち僕なりの色とかそんなミミっちい主張を交えなくても済む。ロマンチックだけども下手な感情移入をわざわざ写真に込めずにすむ。実際天文屋って数学的な方が多く、案外ロマンチックとは無縁の人がやってるってケースが多い。僕もその一人。やってて宇宙の神秘とか素敵とか…あまり考えたことない。それよりもカメラの性能とか、望遠鏡の性能ばかりを崇めたりすがったりする。まぁ、それってある意味悲しいものなんでしょうが…。
けど、いや待てよ?
数学とロマンチックって…深層部では表裏一体なのかもしれん。
まぁでも…、今はそれはいい。

とにかく、
つまらない人間の自己主張がなくとも自動的に写真が出来てしまう。
そして、オートマチックでリニアな処理というのは仕上がりがとにかく早い。
迷いがないわけだから、当然かもしれません。最近自分が処理して公開に至るまでのスピードを、自身が勘違い無くリニアな処理が出来ているかどうかの客観判断目安としている部分があります。
夢を語れば、僕は撮影地Wifiなどを利用して、作品を皆に公開してみたい。遠征帰りついでにコンテストプリントをポスト投函してみたい。

それがリニアで邪心なきProbityな処理手法であればあるほど…、その作品の宇宙的な信憑性が高まり、鑑賞価値が宿る。

思うにこれは、天体画像処理の呼吸法なんですよ、きっと。


(よし、歌で終わらずきっちり天文ネタ書いたぞ。)