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発展途上国が世界経済をこれほど左右する時代は、近代史でも例をみない。ドル建て国内総生産(GDP)で2014年に米国の約60%、日本の2倍を超える規模にまで膨れあがった中国。この国のさまざな政策や統計発表に、日米欧の金融市場は敏感に反応し、大きく振り回される。

一方で、密室で知らぬまに決定される政策や信頼性を欠く経済統計の数値など、明らかに発展途上国の特徴を残したままだ。その規模と透明性のアンバランスさに、先進国はいらだちを強めている。

中国国家統計局が15年1~6月のGDP成長率を前年同期比7・0%としていることについて、ロイター通信は9月30日、多国籍企業の幹部13人への取材を通じ、9人までが「実感は3~5%成長」と答えたと報じた。いわば中国の統計は“話半分”との皮肉を込めたとも受け取れる。

ロイターに限らず多くのメディアや専門家が、中国の実体経済が不調なのにもかかわらずGDPのみが一定の水準を保ち続けている統計の矛盾を相次ぎ指摘してきた。

中国国家統計局は反論のひとつとして9月9日、GDP算出方法の見直しを公表。四半期ごとのデータで直接算出する方法で、季節要因をより的確に反映する手法を取り入れ、10月19日に発表する7~9月期のGDP統計から採用することを決めたという。

エコノミストによると、それでもなお算出手法の詳細は明らかではなく、どこまで国際基準に近づくか不透明だという。実際、中国の発表を受けて国際通貨基金(IMF)は9月17日、中国に対してGDP統計にさらに改善の余地があると注文をつけ、信頼性に重ねて疑問を投げかけた。

09年の政権交代後、隠されていた財政赤字が明るみに出たギリシャの債務危機を発端に、欧州経済が突如、嵐に巻き込まれた教訓を、IMFは生かそうとしているのかもしれない。万一にも虚偽の経済統計が国家の名の下で公然と発表されていたとすれば、上場企業なら“粉飾決算”として糾弾されるべきことだ。

ただ、専門家の間では「故意のGDP統計操作というよりは、基礎的なデータの精度の低さや、物価上昇分を差し引いて実質の伸び率を求める算出方法の稚拙さ」を問題視する声がある。9月30日までの7~9月期の四半期GDP統計が10月19日に発表されるというスピード感も、逆に怪しいと言わざるを得ない。

傍証でいえば、中国の8月の輸出は前年同月比5・5%減と2カ月連続マイナス。輸入は同13・8%減で10カ月連続の減少だった。個人消費の代表格である新車販売台数は8月まで5カ月連続でマイナスを記録した。こうした実体経済の脆(ぜい)弱(じゃく)さから、7%成長の実現など想像しにくい。

個別統計の信頼性にも疑念は残るが、それでも貿易や消費の数値が減少傾向を明確に示した点は注目に値する。加えて、かつて李克強首相が遼寧省トップだった07年、GDPより重視すると発言したとされる(1)電力消費量(2)鉄道貨物取扱量(3)銀行融資-のいずれも下降する傾向にある。

李氏の発言から一時は3つの指標が「李克強指数」ともてはやされたが、省レベルの地域経済と国家レベルの経済情勢を見極める指標は、自ずと異なる。李氏はむしろこのところ「雇用情勢」を経済や社会の安定の基礎と考えて発言するケースが多く、香港メディアの一部は「新李克強指数」などと命名し始めた。

中国共産党政権は毛沢東時代から、大衆の不満をいかに押さえ込んで社会安定を維持するかに腐心してきた。雇用安定は物価安定と並ぶ最重要課題。李氏は「GDP1%成長で年間130万~150万人の新規雇用が生まれる」などと説明した。単純に1%で150万人なら1050万人の新規雇用を生む計算だ。

中国人的資源・社会保障省がまとめた都市部の新増就業者数は、10年の1168万人から14年には1322万人までGDP成長率と交差する形で増大する傾向にある。

実際に新規雇用がかくも増えたとすればご同慶の至りだが、都市部失業率は10年の4・19%から14年は4・09%と不気味なまでに安定し、GDPとはなんら連動しない。農村部や出稼ぎ労働者を除外した統計でもあり、香港メディアが李氏を持ち上げるために命名したような国家レベルの経済を類推する指標にはなるまい。大衆の反発を招かぬための公式発表と指摘されても、反論は難しかろう。

習近平国家主席が10年の任期を迎える23年までに、米中GDP逆転が起きるとみる専門家も多い。それもまずは正確な統計あってのことだ。(産経新聞上海支局長・河崎真澄)