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130年の歴史を誇る、三菱重工業の造船事業が危機に直面している。10月31日、同社は2011年に受注した大型客船をめぐり、仕様変更などで398億円の特別損失が発生することを明らかにした。前期もこの客船で巨額の特損を計上しており、前期と今期で関連特損は1000億円を超す。

問題となっているのは、クルーズ客船の世界大手、米カーニバル傘下の欧州アイーダ・クルーズ社から受注した大型客船2隻。3000人以上の収容が可能な大型クルーズ客船で、日本で建造される客船としては過去最大。三菱重工は2002年に建造中の大型客船が炎上して巨額損失を被った経緯があり、11年ぶりに受注したのがアイーダ社の客船だった。

しかし、客室の内装など細かな仕様を決めるに当たって、アイーダ社との間で認識の違いが顕在化。三菱重工の提案に対し、アイーダ側はより高級な仕様に変更するよう強く主張。結局、三菱重工側は先方の要求をのんで大幅な設計変更や高価な資材の使用を余儀なくされ、前期決算で641億円もの追加費用を特損計上している。

今期の特損に計上するのは、新たに発生が見込まれる追加費用分。「アイーダ社と最終的な仕様を確認していく中で、パブリックエリアやホテル部分に関して、再び設計のやり直しが大量に生じてしまった」(野島龍彦CFO)という。

すでに1隻目は長崎造船所の香焼工場で内装工事に取り掛かっている段階だが、最終設計の変更により、工事をやり直す箇所が続出。作業の遅れを取り戻すための人件費もかさみ、追加費用が400億円近くにまで膨れ上がった。完成は当初の予定より半年遅れ、1隻目の引き渡しは2015年秋にずれ込む見通しだ。

アイーダ社の客船を受注した2011年当時、造船業界はリーマンショックまで続いた海運・造船バブルの反動で新船の発注量が激減。韓国、中国勢の攻勢にもさらされ、日本の造船業は存続が危ぶまれた。

こうした中でいち早く動いたのが三菱重工だった。同社は民間船舶分野で一般汎用商船から撤退。1000人規模に及ぶ設計陣を生かして技術難易度の高い船種に集中する戦略を掲げ、得意とするLNG(液化天然ガス)運搬船に加えて、大型客船を新たな柱と位置づけた。客船に活路を求めたのは、バラ積み船やコンテナ船などの一般汎用商船とは違って、1隻あたりの金額が大きくライバルも少ないからだ。

だが、そのもくろみは完全に外れた。問題となっている客船の受注金額について三菱重工は公表していないが、2隻合計で総額1000億円前後と見られる。1000億円で受注した客船2隻を作るために1000億円以上の損が出るのだから、開いた口がふさがらない。

そもそも今回の客船は当初から採算割れの受注だった。「最初の2隻を造れば、3隻目、4隻目、5隻目とその後も継続的に仕事が取れる。トータルで考えれば(最初の赤字分は)取り戻せる」(同社関係者)とそろばんをはじき、受注に踏み切った経緯がある。

ここで経験不足が露呈した。これまで三菱重工が手掛けてきた客船は、すでに同じ設計の船が存在し、あらかじめ仕様が決まっているものだった。今回、アイーダ社から受注したのは新型客船の「1番船」。初の船型となるため、仕様を含めて一から協議して設計を決めていく必要があった。

当然、1番船は相手側の意向で仕様が変わる可能性があり、追加費用が発生するリスクも大きい。本来なら、そうした費用負担の扱いについて契約書の中で細かく明記しておく必要があるが、三菱重工のリスク認識が甘く、契約書の中で十分なリスクヘッジが行われていなかったと見られる。

客船の巨額損失により、同社が描いた造船事業の生き残り戦略は破綻。客船の受注は事実上凍結し、民間船舶における当面の受注活動は得意とするLNG運搬船などに専念する。長崎造船所の雇用維持や収益確保のための対策として、今後は同業他社から大型商船の船体ブロック建造を引き受けるなど、下請的な仕事も検討するという。

宮永俊一社長は「(祖業なので)船に対する愛着はあるが、事業のやり方を見直し、きちんと収益を出せる事業に変えていく必要がある。これからどうすべきかを徹底的に詰めていく」と構造改革の必要性を強調した。造船事業の生き残りに向けた試練は続く。

? ?問題となっているのは、世界最大のクルーズ客船会社、米カーニバル社傘下の欧州アイーダ・クルーズ社から11年秋に受注した客船2隻。約3300人収容可能な大型クルーズ客船で、推計受注金額は2隻合計で1000億円前後に上る。昨年夏から建造に取り掛かり、1隻目は15年春、2隻目も16年春に引き渡す契約となっている。

3月24日に品川の本社で、交通・輸送部門を統括する鯨井洋一・常務執行役員、経理担当の野島龍彦・常務執行役員らが出席して、会見が開かれ、巨額損失を出した理由を以下のように説明した。

まず、客室内装や空調をはじめとする仕様の確定作業が予想以上に難航した。「仕様に関して、アイーダ・クルーズ社とわれわれの間で認識に大きな齟齬があった。最終的には要求を飲む形となり、当社が考えていたよりもかなり高級な仕様になった」(鯨井常務執行役員)。

しかも、先方からの指示で資材調達先も変更を余儀なくされ、十分な価格交渉をするだけの時間的な余裕がなく、グレードの高い資材を割高な価格で調達せざるを得なかったという。また、仕様の変更が続出したことで、設計の見直しも相次ぎ、資材費と設計費の双方が雪だるま式に膨れ上がった。

造船関連で数多くの技術者を有する三菱重工は、大型客船の建造実績がある唯一の国内企業。02年に建造中の大型客船が炎上する事故で巨額損失を被って以降は受注が途絶えていたが、11年ぶりに受注に漕ぎつけたのがアイーダ社向けの大型客船だった。

ただし、今回の案件は、アイーダ社の新型客船の”第1番船”。これまで三菱重工が手がけた客船はいずれも同じ型の船が既にあり、仕様が固まっているものだった。今回は仕様の詳細などを含めて設計を一から行う必要があり、ただでさえ作業負担は膨大な量に及んだ。

こうした1番船の建造は、顧客側の要求で途中で仕様変更を余儀なくされることが多く、その分、追加費用が発生するリスクが大きい。しかし、三菱重工は客船の第1番船を手掛けた経験がなかったため、こうしたリスクに対する認識が当初は甘く、契約書の中で十分な対策を講じないまま受注してしまった模様だ。アイーダ社にも相応の費用を請求する意向だが、交渉は難航が要されるため、現時点で想定されうる2隻分の最大追加費用として約600億円を今14年3月期の特別損失として計上する。

三菱重工の造船事業にとって、今回の巨額損失は大きな誤算だ。同社は造船事業の生き残り策として、コンテナ船など韓国・中国勢と競合する汎用の一般商船から事実上撤退し、高い技術力を生かして付加価値が取れる特殊船舶に経営資源を集中する戦略を表明。その新たな独自戦略の中で、大型客船をLNG(液化天然ガス)運搬船、資源関連船舶(資源探査船など)と並ぶ大きな柱に位置付けていた。

一般商船の受注金額は1隻がせいぜい数十億円。これに対して、船上にホテルを建造するに等しい大型客船は、最低でも500億円を下らない。しかも部品点数が1000万点を超え、大掛かりで工程管理などが難しいために韓国や中国勢の建造実績がなく、ライバルは独マイヤー、伊フィンカンチェリなど特定の欧州造船所に限られる。三菱重工としては、限られたライバルの欧州勢からシェアを奪い、客船を独自の新たな収益柱に育てる計画だった。

しかし、今回の巨額損失により、そうした戦略自体が見直しを余儀なくされる可能性が高い。客船の今後の受注活動について、鯨井常務執行役員は「とにかく今は(受注済みの)2隻を完成させて引き渡すことに全力を傾ける。今後に関しては、現状の形のままやっていくのかどうかを含めて慎重に検討を重ねたい」と語り、今後の方向性を再検討する考えを示した。

同社の造船事業を巡っては、ノルウェー企業から受注した最新鋭の資源探査船でも建造作業が難航し、今期に多額の追加費用計上を余儀なくされている。アジア勢との生き残り競争に危機感を強め、旧態依然とした日本の造船業界の中で、いち早く「選択と集中」という明確な生き残り戦略を打ち出した三菱重工。しかし、その戦略は実行に際して早くも暗礁に乗り上げた格好だ。