10月17日夕刻、チケット販売最大手にして出版も手掛ける「ぴあ」は、印刷部数を詐称し、著者に支払う印税をごまかしていたことを公表した。問題になった書籍は今年7月に発売された、アイドルグループももいろクローバーZのムック。出版契約上の著者はももクロの所属事務所であるスターダストプロモーションだ。

発売から約1カ月後、ぴあはスターダストと6万部で出版契約を締結。印税も6万部で計算して支払ったが、実際の印刷部数は10万部だった。

資金繰りが苦しい零細出版社が、印税を払わずトラブルになることはあっても、虚偽の印刷部数を伝えて印税をごまかす不正は発生しない、という常識が出版界にはあった。後述するように複数の社員、取引先がかかわっているためだ。ところがその常識をこともあろうに東証1部上場の会社が覆してしまった。

にもかかわらず、ぴあの本件に関するリリースはわずか2枚。すでに特別調査委員会の報告に基づいて関係者への厳正な処分を決定したとしているのに、肝心の報告書は全文どころか、要旨すらも添付されていない。ごまかした動機も、経緯も記載がない。
関係者の処分内容も、矢内廣社長が報酬月額の1割カット3カ月分。唐沢徹取締役がCOOと事業統括本部長の職を解かれ、木本敬巳取締役が報酬月額の1割カット1カ月分。そして担当者本人は、着服がなく、ほかの担当商品ではごまかしはなかったとして、降格のうえで配置転換。「これは明確な詐欺行為」と断言する弁護士もいるのに、処分はずいぶん軽い。調査を継続し再発防止に向け鋭意努力するとしながら、具体的な再発防止策の記載もない。

 ぴあの開示から3日後の10月20日、今度はスターダストが真相を暴露するリリースを公表。本件が、単にスターダストからの問い合わせを機にぴあが独自に発見した不正ではなく、スターダストに匿名で送られてきた告発文によって発覚したこと、ぴあの担当者が取締役に口裏合わせまで頼んでいたことなどが告発文に書かれていたことを明らかにした。

書籍は出版社から取次業者を経て書店へと流れる。本の販売価格の35~40%は書店と取次の取り分なので、出版社の取り分は基本的に販売価格の60~65%。その中から著者に印税(通常は売価の約1割)、印刷会社に印刷代、製紙会社に紙代を支払う。
 出版社には、著者に執筆を依頼し原稿を作り上げる編集担当、取次や書店とのパイプ役を担う営業担当、紙を購入する購買担当、印刷会社とやり取りする制作担当などがいる。印刷しても取次が引き取らなければ書店に流れないので、印刷部数の決定権は基本的に営業が握る。
 一般に著者と出版社の力関係は圧倒的に出版社が上。印税は売価×印税率×印刷部数で計算するので、印刷部数は印税計算の基礎になる重要な数字だが、編集者から伝えられた印刷部数のウラを取る手段は、著者には事実上ない。

 出版社経由で印刷会社から印刷証明を取って確認することは理屈のうえでは可能だが、それは編集者の顔を潰すことになるので、以降仕事がもらえなくなる覚悟がいる。
 それでも不正は起きないとされてきたのにはそれなりの理由がある。

 大手の出版社で恒常的に著者にウソをつき続けることは、担当編集者の人数が多ければ口止めが困難な上、営業や制作が編集者にウソをつくというのも現実的ではない。印刷部数や実売部数は、編集者の人事考課上、重要な要素になるからだ。
 ウソがばれて出版社としての信用を失うリスクに比べ、経済的利益も少なすぎる。印税のごまかしで編集者個人の懐は潤わないし、会社が得られる利益はごくわずかだ。
 本件では印税率は通常の1割より高い15%。売価933円の15%は140円。4万部ごまかして浮く利益は560万円だ。120億円ものキャッシュを持つぴあに、会社ぐるみでごまかすインセンティブはないように見える。

 それではなぜ事件は起きたのか。「会社の意思決定は当初から10万部」(ぴあ広報部)なのに、編集者が著者にウソをついたのはなぜか。

 問題の編集者は、興業プロデューサーとしても、雑誌や書籍の編集者としても数々の輝かしい実績を持ち、矢内社長からの評価も極めて高いといわれる人物である。
 「告発文には、“早く契約終えて、カネ払っちゃえばスターダストもわかりゃしねーよと得意げに笑いながら言っていた”というくだりがある」(スターダスト広報部)というから、もしこれが事実だとすれば、担当編集者はスターダストをそうとう、見下していたことになる。
 だが、たとえ一人の編集者が感情に任せて不正を働こうとしても、内部統制が正常に機能していれば、経理で印刷会社への支払い根拠と著者への支払い根拠が異なることに気づくはずだ。

 「出版契約書も6万部のまま」(スターダスト広報部)だから、契約書のチェック体制も機能不全に陥っているのは明らか。「ぴあの内部統制には重大な欠陥がある」(内部統制に詳しい山口利昭弁護士)。

 「取次から裏をとって、ぴあに抗議をしたのが9月上旬。それから1カ月以上経って、数枚の紙を持って矢内氏が弊社の社長を訪ねてきたが、納得のいく説明ではなかった。当方が独自に解明すると言って帰ってもらったが、その日の夕刻、突然あのリリースが出た。内容は矢内氏が持参したものとほぼ同じだった」(スターダスト広報部)。

 スターダストは「刑事告訴を検討中」であり、公表から数日後、ぴあから振り込まれた4万部相当の印税を返金した。ぴあは支払いの意思があるので、返金されたお金は供託している。ぴあは14日に特別調査委員会の調査結果を公表。それによると、印刷部数と契約部数との間に齟齬があったものが20点判明。社外・非常勤を含む全取締役が、報酬月額の5%を3カ月、自主返納することになった。

 今回の一件は、業界に潜む落とし穴を垣間見せたといえる。出版社が公称する印刷部数には偽装の余地がある、ということだ。

 ぴあのような上場会社で今回の事件は起きた。世にある大手出版社のほとんどは未上場であり、厳しい内部統制の仕組みがない会社も多いはず。ぴあの事件を他山の石として、社内をチェックしてみるべきだろう。

(週刊東洋経済2013年11月18日発売号)