1、真鍋さんと私

真鍋淑郎プリンストン大学上級研究員がノーベル賞を受賞しました。素晴らしい快挙で、地球温暖化が叫ばれて30年。それをいち早く実証し、警告した研究者です。遅きに失した感さえあります。

私ごとですが、真鍋さんとは1950年後半からの学友です。当時は数値予報草分けの時代で「数値予報グループ」ができ、盛んに活動していました。真鍋さんはまだ東京大学理学部地球物理学科気象教室の大学院生でした。たまたま、真鍋さんも私も気象教室の正野重方教授が指導教官であったことと、ともに「数値予報グループ」の一員で、東大の気象教室での月1回の例会で。よく議論を闘わせたものでした。

真鍋さんが大学に入った時は、学制改革が行われた時で、新制大学と旧制大学が共存する時代で、確か真鍋さんは新制大学だったと思います。

私が最も感心したのは、真鍋さんの研究テーマでした。日本の気候は、特に冬はそうですが、冷気が日本海を渡ってくる間に、日本海の温かい海から熱と水蒸気をもらうのですが、その多寡で気候が変わります。真鍋さんは、そこに着目して、日本海を取り巻くすべての高層観測点のデータを使って日本海の「熱収支」を求めたのです。電子計算機などもちろんありません。タイガー計算機かそろばんで求めたと思います。確かこれが卒業論文だったと思います。1958年に卒業されたが、真鍋さんの就職先はありませんでした。恐らく、正野先生か岸保勘三郎助教授(当時)の口利きがあったと思いますが、プリンストン大学のJ.スマゴリンスキー(Joseph Smagorinsky)教授の招請を受けて渡米しました。水を得た魚のように、生き生きと研究に励まれ、ノーベル賞受賞の栄誉を得られたのだと思います。真鍋さんは「アイディアが大事。基礎研究をきちっと」が口癖でした。

今年は来なかったが、毎年、クリスマスと新年を祝う「Season’s Greetings」をやり取りしています。時候の挨拶というより、お互いの研究の話で、カード一杯に書かれています。因みに、昨年の1月16日の消印があるカードには、

 

お手紙拝見しました。今増田さんに数年前に送ってもらった本“異常気象学入門“を又読んでいます。実によくかけていると思います。本のp3の図Aは異常気象のメカニズムを実によく実現していると思います。この図は異常な面だけでなく、ものすごい豪雨の頻度がなぜ増え続けているかを説明するのに使えると思います。日本のアメダスのデータを使えば、過去数十年間に大雨の頻度がどの様に変わっているかが、手に取る様にわかると思います。この様な研究の論文があればお知らせください。では、お元気で御活躍ください。

 

「異常気象学入門」とは私が2010年に「地球温暖化を理解するための」という副題をつけて出版した著書で、真鍋さんに寄贈したものです。真鍋さんは、わざわざ、それを引っ張り出して再読し、意見をくださったのです。本当にありがたいことです。長いアメリカ生活で、日本語もままならなくなり、漢字も古い漢字をそのまま使っておられますが、この1文からもその学問に対する探究心と誠実さがにじみ出ていると思います。得難い友人を持って幸せだと思います。

 

2,地球温暖化研究の先駆者

 真鍋さんが温暖化問題の研究の最初に取り上げたが、スウェーデンの物理化学者S.アレニウス(Svante A. Arrhenius)(1859~1927年)の「二酸化炭素が2~3倍になると地球の表面温度は氷期と間氷期の差くらい暖まる」という先駆的な予言を検証することでした。一番簡単な1次元モデルで、地面気温だけでなく地球全層の気温分布を求め、実測と比較されました。

地球は常に太陽から熱をもらっています。何もなければ地球はどんどん暖まって灼熱のボールになってしまいます。幸い、地球も地球の表面温度に比例して宇宙空間に熱を放出しているので、ほぼ一定の温度になっているのです。これを放射平衡というのですが、地球全層の気温分布はほぼこれで決まるのです。

しかし、気温分布は下層が暖かく、上層が冷たいので、対流が起こる。真鍋さんは、先ず、この放射平衡と、対流の効果を入れたモデル(放射―対流平衡モデル)で、地球大気の気温分布を決めたのです(1964年)。これが、実際に観測されている気温分布と非常に良く一致したのです。

そこで、さらに水蒸気の効果も入れて、CO2の濃度が150ppm、300ppm、600ppmの大気の計算をして、300ppmの時、地上気温は15℃になり、CO2が半分の150ppmになると、1.3℃冷えて13.7℃に、倍の600ppmになると、2.4℃暖まって17.4℃になることを明らかにしたのです(1967年)。まさに、アレニュースの予測を証明したのです。

しかし、真鍋さんはこれで満足しませんでした。大気大循環のモデルを使って、実際の地球大気に挑んだのです。このシミュレーションには高速・大容量の電子計算機が必須です。真鍋さんの研究は計算機の発展とともに発展したと言っても過言ではないと思います。恐らく計算機の容量の関係だと思いますが、真鍋さんは、陸地と海洋が約60対40の割でまとまって分布している仮想的な北半球の数値シミュレーションに挑んだのです(1975年)。

しかし、大気大循環のシミュレーションには二つの障害がありました。1つは運動方程式の長期積分に耐えられる計算スキームの問題であり、今1つは、積雲対流のような格子間隔より小さい局所的現象の影響をパラメタリゼーションによってモデルに組み込む問題です。

これを解決したのも日本人の研究者で荒川昭雄さん(1927~2021年)です。荒川さんは1950年に東京大学物理学科を卒業されて気象庁、気象研究所、気象庁電子計算室に勤務されたのち、1961年にカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)のJ.ミンツ(Jale Mintz)教授の招請を受けて渡米し、終生UCLAで研究され、去る3月21日に逝去されました。享年94歳でした。

これも私ごとですが、私と荒川さんとは浅からぬ縁があったのです。荒川さんが気象庁から気象研究所の私の研究室に転勤してこられたのは1952年だったと思います。1959年に気象庁電子計算機室に一緒に転勤し、数値予報の現業化に、それこそ心血を注いだ同志です。最初に予定していた予報モデルの成績が思わしくなく、最初の1年半はアメリカのモデルを使わざるを得ませんでした。

急遽、アジア地域の4層の予報モデルが計画され、その初期値になる5層の天気図を計算機を使って自動的に作るプログラム(automatic data processing(ADP)プログラム)を荒川さんと2人でつくりました。本当にこれは大変な研究でした。

しかし、この完成によって初めて日本人の手作りの予報モデルが、しかも5層の天気図を使った4層の予報モデルがルーチンの予報に使えるようになったのです。これは国際的にも初めてのことでした。1960年11月に東京で開かれた数値予報国際シンポジュウムで、私がOn the automatic data processing and the objective analysis for surface and upper level maps というタイトルで発表しましたが、大きな反響がありました。

さて、大気大循環のシミュレーションを実行する際の障害の1つは、60日ほど積分すると、計算が不安定になって、積分をそれ以上進められなくなることでした。荒川さんは「荒川スキーム」を開発し、見事に解決したのです。この「荒川スキーム」は気象分野だけでなく、他の流体力学、天体力学の計算などにも使われています。

もう1つの積雲対流などの効果を取り入れるパラメタリゼーションの問題も「Arakawa-Schubert」スキームとして広範に使われています。荒川さんはこの傑出した2つの研究で、日本気象学会賞、日本気象学会藤原賞、米気象学会の最高の栄誉であるロスビー賞をはじめ多くの賞を得ています。

もちろん、真鍋さんもカール=グスタフ・ロスビー研究賞、ブループラネット賞、朝日賞、ウイリアム・ボウイ・メダル、ベンジャミン・フランクリン・メダル、クラホード賞など、数々の賞を得ています。

閑話休題。

真鍋さんは、この2つの荒川スキームを使って、前述の仮想的な北半球で2つの大気大循環のシミュレーションを行いました(1975年)。1つはCOを2倍にした場合、今1つは太陽の輝度が2%増減する場合です。太陽の輝度の変化で地球の大気の流れがどう変化するかも非常に興味深い結果が得られていますが、紙数の関係でここでは割愛します。

CO2を2倍にしたシミュレーションの結果は、こんな仮想的な北半球でありながら極めて興味ある結果を示しています。北半球の平均気温が産業革命当時と比べ2010年には約0.7℃上昇します。もっと興味があることは、極地方では約1.7℃も上昇するのです。温暖化によって、雪や氷が解けるので、他の地域より早く温暖化するであろうことは考えられていましたが、それをシミュレーションで示したのです。

 もちろん、真鍋さんは正確な陸地と海洋の地球全体のモデル、すなわち、大気・海洋結合モデルで、アレニウスの「COが倍化すると氷河期最後の温度上昇をもたらす」の予言を実証したのです。真鍋さんから寄贈された著書―Syukuro Manabe and Anthony J. Broccoli 『BEYOND GLOBAL WARMING』(2020)(「地球温暖化を越えて」)―には、カラー印刷で、先ず、1961~1990年と1991~2015年の地上気温差の全世界の分布図の実測図を示したうえで、降水量の年変化量のCO2倍化のシミュレーション結果と実測の分布図、COを2倍にした場合と、4倍にした場合の産業革命後と21世紀半ばの気温変化量の分布図、CO1倍、CO2倍、CO4倍の場合の雨水の流出量の年平均分布図、CO1倍、CO2倍、CO4倍の場合の土壌水分の年平均量の分布図、CO4倍の場合の3か月平均、すなわち、北半球の夏、秋、冬、春の土壌水分の分布図が示されています。

 これらの図を見ると、温暖化による気温上昇も危機的になるが、中南米、ヨーロッパ、アジア大陸の東部。オーストラリヤ、アフリカ全域は、雨がほとんど降らなくなり、現在のサハラ砂漠と同じくらい乾燥してしまい、特に、北半球の夏には、アフリカの一部を除いて、全世界が砂漠化するという驚くべき結果が示されています。

 

3,終わりに

 この著書には、このほかにも、氷河期最後の古気候のシミュレーションや、深層海流が弱まる可能性など、重要な指摘もありますが、以上の説明だけでも、CO2の増加を放置すると、取り返しのつかない気候危機に直面する可能性があることが示されたのです。まさに、真鍋さんはそれをシミュレーションという手法で具体的に示し、警告し続けてきた先駆者です。

 この真鍋さんの研究に触発されて、1988年、J.E.ハンセン(James E. Hansen)が米議会で温暖化の危機を訴え、1990年、IPCC(地球温暖化に関する政府間パネル)第1回評価報告書(AR1)が発表されたのです。真鍋さんはその執筆陣に加わっています。

 去る8月9日に発表されたIPCC第6次評価報告書(AR6)は、①人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない、②人間起源の温暖化は、世界中の全ての地域で、多くの気象及び気候の極端現象にすでに影響を及ぼしている。熱波、大雨、干ばつ、熱帯低気圧のような極端現象について観測された変化に関する証拠、及び、特にそれらの変化を人間の影響によるとする原因特定に関する証拠は、AR5以降、強化されている、③世界平均気温は、報告で考慮した全ての排出シナリオにおいて、少なくとも今世紀半ばまでは上昇を続ける。向こう数十年の間に二酸化炭素及びその他の温室効果ガスの排出が大幅に減少しない限り、21世紀中に地球温暖化は1.5℃及び2℃を超える、と警告しました。

 しかし、資源エネルギー庁が7月21日に発表した第6次エネルギー基本計画(素案)は「2050年カーボンニュートラル、2030年の 46%削減、更に50%の高みを目指して挑戦を続ける新たな削減目標(2021年4月表明)の実現に向けたエネ ルギー政策の道筋を示す、としているだけで、まったく具体的でないうえ、原発は温存、石炭火力は「水素・ アンモニア発電やCCUS/カーボンリサイクルによる炭素貯蔵・再利用を前提とした火力発電などのイノベーションを 追求」と称して、それができるまでは温存どころか増設さえ認めています。まさに、国際公約に反するものになっています。

 10月31日に総選挙が行われます。政党で気候危機打開のための政策を発表しているのは日本共産党だけです。共産党は9月1日、「気候危機を打開する2030戦略」を発表しました。この政策は、①気候危機というべき非常事態―CO2 削減への思い切った緊急行動が求められている、②「口先だけ」の自公政権-4つの問題点、③日本共産党の提案―省エネと再エネで、30年度までに50~60%削減、④脱炭素、省エネ、再エネを進める社会システムの大改革を、⑤脱炭素と貧困・格差是正を二本柱にした経済・社会改革で、持続可能な成長を、⑥訴え「気候危機打開へ―いまの政治を変えるために力を合わせよう、からなっています。

 2018年8月、韓国の仁川で開かれた「IPCC1.5℃特別委員会」は、気候危機を訴え、「1.5℃までに残された年数は僅か10年しかない」ことを示し、それを達成するには社会システムを変える必要があることを強調しました。AR6は、残された時間は10年でなく15年であるとしながらも、これを引き継いだものになっています。

社会システムを変えることは、今すぐ資本主義を社会主義に変えることではありません。「2030」構想では、気候危機打開には「財界いいなりの政治を変え、石炭火力利益共同体、原発利益共同体の抵抗を排除し、新自由主義の政治の根本的な転換」が必要なことを訴えています。政治を変えさえすれば可能だというのです。

私は、この「2030」構想を全面的に支持します。ただし、追加することが1つあります。それはモントリオール議定書の成果を今一度想起させることです。1970年代ごろからフロンガスが増え、南極のオゾンホールが拡大し、紫外線を吸収するオゾンが減り、皮膚がんが増えるのではないかと懸念されたのです。そこで、1987年オゾン層を保護するための条約、モントリオール議定書がつくられフロンガスが全面的に禁止されました。その結果、やっとオゾンホールが縮退傾向になり、皮膚がんの危険が叫ばれなくなりました。このことは、地球規模の環境を守るためには、国際的な規制以外にないことを教えています。同時に、地球規模の環境は短時間で壊れるが、回復するには時間がかかることも教えています

気候危機の原因はCO2です。CO2を減らし、ゼロにしさえすれば防げるのです。国際的なCO2規制条約(パリ協定)もできています。モントリオール議定書の成果に学んで、パリ協定を確実に実行させようではありませんか。

その点では、日本の責任は重大です。国際的にも恥ずかしい第6次エネルギー基本計画(案)しか提示できない政府です。政府を変える以外にありません。幸い、10月31日には総選挙があります。市民連合と4野党の「野党共通政策」の中には「地球環境を守るエネルギー転換と地域分散型経済システムへの移行」が入っています。真鍋淑郎さんのノーベル賞受賞に応えられるような政府ができることを期待しています

                       (2021・10・11)