虐待された子は、多分人より多くの壁を越えなければなりません。
(あくまで私の場合)
その一、初体験の話
その二、自分が人と違うと認識
その三、母になった時
その四、娘が大きく、自分の体験記憶と同じ年になった時
その五、平和と幸せを知ってしまった時
その6、親が介護なった時
その7、自分が最後年を老いた時

と、様々な壁にぶち当たります
この壁は、本当に高かった。
その中で一番つらかったことは、
娘が産まれ成熟しだした姿を見てのフラッシュバック。娘は、私にそっくりだからだろう。

愛する旦那が娘と部屋で一緒にいると、引っ付いてるわけでないのに、吐き気がする。
娘が風呂から裸で旦那いる時に出たりとか。何気ない行動が苦痛なる。
昔私のことを知ってる人が。
アイルーは、大人っぽいから男を誘いそう。だの、お父さん好きなんやね。と、言われたことがあり、もしかして、私が誘ったの??と、私の中で疑問があったから、何度も何度もチャレンジしても、私の中で、初体験の記憶がないから。など。
その想いが抜けず、母になり、まさかまさか、こんなとこにデカイ壁があるなんて思わなかった。虐待の傷は。虐待終わってからが、本当の苦しみなんだ思う。Android携帯からの投稿