たとえば、愛する人と意見の食い違いというのは、当然あります。
でも何故か、愛する人にはむきになってしまうんですよね。
そして、自分を分かってもらえないと腹をたて、別れ話まで出てきます。
それも、些細なことで、たった一つの食い違いが別れにつながってしまうんです。
でも、家族は違います。
何度騙されようと、何度裏切られようと、離れることは、まずありませんよね。
これって、不思議だと思いませんか?
他人だから簡単に別れられるというのはあります。
家族は嫌なことがあろうとも我慢できるんです。
その両者の違いって何なんでしょうね。
でも、人は必ず分かり合えます。
それがどんな状況であろうとも、分かり合えるんです。
ただ、そこにたどり着くのは並大抵じゃありませんが・・・
愛する人には、それこそ何でも話します。
だから、すべて私を分かってくれているという想いがあります。
もちろん、相手も分かっているんです。
でも、そこには大きな違いがあるということも覚えておいてください。
それは、立つ位置が違うだけなんです。
だから当然立場も違います。
恋人同士の場合、または夫婦の場合、すべて相手が理解していると思っています。
そして、当然のことながら同じ意見を持っていると思い込んでいます。
でも、この世に、同じ人間は二人といません。
双子でさえ、意見の食い違いはあります。
だからこそ喧嘩をするんです。
それは、一人一人の価値観がまるで違うからです。
ましてや夫婦や恋人の場合、育った年代が違うこともあるでしょう。
ましてや、男と女です。
意見が食い違って当たり前なんです。
でも、そんな二人の間にも、時として意見が通い合うときがあります。
それこそ、奇跡の瞬間ですよね!
そんな心が通じ合う瞬間のために、そんな感動を求めて男と女は共にいるのではないでしょうか。
最初から違うと分かっていれば、いくらでも修正はできます。
いくらでもやり直しはできるんです。
でも、同じだと思っていた所に、何で違うの?となるからイラッとしたり、相手に不信感を感じるんです。
そんなことがあると、疲れる、面倒臭いになってしまうんですね。
でも、最初から価値観なんて合わないと思っていれば、たとえ違ってても、慌てたり、相手を咎めたり、腹を立てたりはしません。
それが当たり前なんですから、まったく違った環境で育った二人の意見が合うほうが奇跡だからです。
ただ、相手を理解しようと努めることを止めちゃいけないだけなんです。
それは、愛しているからこそ出来ることではないでしょうか。
相手が理解していないといって、相手に腹を立てることは簡単です。
でも、腹を立てることで物事は何も解決しないということです。
本当に解決したいのであれば、相手が理解するまで理解できるまで話し合うべきなんです。
周りや環境に自分の気持ちを左右されるほど、窮屈な生き方はありません。
それこそ疲れるだけです。
疲れない生き方、自分らしい生き方、恋愛を楽しみましょう。