ドキュメント 当日_回顧録 | nobitaのブログ

nobitaのブログ

ご訪問ありがとうございます。
日々の雑感を中心に、
SFC修業(了)・SKI・旅行・写真・パソコン等について、
ほぼ毎日更新を目指しています。

ひっそりと、遡りアップです。
その時の心情を記録として。

はじめに、
@前日1月19日にNY学園を子供が受験。
@帰宅後、復元答案で苦手の算数が信じられない点数(良い方に)。
@総合するとご縁をいただけるかも・・・

さぁ、はじまり・はじまり


月曜日朝です。
いつものように仕事にでかけます。
09:00 仕事のはじまりです。
    いよいよ昼から発表です。
    すでにドキドキ状態です。

午前中は、
上司との面談や打合せなど仕事を淡々とこなします。
本来ならば12時過ぎに職場を出るはずが、
打合せが長引き、結局12時30分過ぎになりました。

そうして、
職場からJRの最寄り駅にようやく到着し、
駅で電車を待ちます。

12:50 JRの列車に乗り込み、奈良へ向かいます。

    車内でも、考えるのはやはり点数のことばかり

    外の景色をみても上の空です。
    奈良に入りましたが、
    考えることは、やはり点数のこと・・・。
    算数が110点で、国語と理科が普段の出来ならば、
    十分基準点に達しているはず!・・・。
    ずっと、
    このことが頭の中をリフレイン。

13:18 そうこうするうち、電車が最寄りの王寺駅に到着です。


駅から歩いて発表会場に向かいます。
昨日と同じ道を通ると、
なぜかご縁がいただけない気がし、
別のルートで向かいます。


途中、
わざと迷いながら歩きます。

その時の心情は
いま思い返せば、
早く着きたいようなこのまま時間が止まれば
という両方の気持ちが交差していたのでしょう。


そうして
ようやく警察署の横に来ました。
ここを曲がると、NY学園が見えてきました。

校門に到着し、
体育館を目指して坂道をあがります。
ここでも点数のことしか頭に浮かびません。



13:40 体育館へ横の入り口から入ります。
    体育館の半分ほどに椅子が並べてあり、
    発表まで待つことができます。
    すでに、
    7割ほど席が埋まっています。
    私も空いている席をみつけ座ります。

    席でも考えるのは、やはり点数
   3科の合計点と合格基準点のこと・・・。
    大丈夫!と何度も言い聞かせます。

13:50 会場のザワツキが強くなります。
    発表場所の体育館の舞台の前に、
    少しずつ受験生や親達が進んでいきます。
    私はと言うと
    早く見たいが、
    なかったら悲しい
という気持ちが揺れ動き、
    14時ジャストに席を立とうと決めました。

13:55 ますます前に行く人が多くなります。
    結果は、大丈夫のはず・・・

13:58 願掛けに、
    同じ中学受験生のお子さんを持つ
    予備校時代の友人にメールをします。
    このメールが14時までに送れたら
    ご縁があるような気がして、
    急いで操作をしました。

13:59 そうしてメールを無事送信できました。
   
ホッと一安心(根拠のない安心)
   いよいよ1分前です。
     会場のテンションもピークです。

14:00 
舞台のカーテンが開きます。
    カーテンが開くと、
    合格者の受験番号が記されたボードが並んでいます。
    左から若い番号順に記載されています。
    一斉に前に皆さんつめかけます。
 

    すでに、
    うぉ~~~
     という 歓声 や 泣声 など入り混じっています


    前日の
    ライト学園の発表でうなだれた
    いやぁ~な想いが頭をよぎります。
    ・・・
    ・・・
    ・・・
 
    私
も意を決し席からゆっくり前に進みます。

    大丈夫

    あるはず・・・

    そう言い聞かせます。

    まだ距離があるので番号が良く見えません。
    はい確かに近眼と老眼ですが、
    きっと心の片隅に見たくない
    という気持ちがあったかも・・・知れません。

    さらに前に進みます。
    さすがに今は写真を撮る気がしません。

14:02 子供の受験番号はあると信じ、
    左から番号を見ていきます。

    うちの子は、12678だったよな。
        ん、ん、12567だったかな?。
    下3桁は続きだったよね。

    
    12001・・・
    まだ右の方だ。


    12567・・・

    567、678並びは一緒だ。
    この番号だったら、良かったけど・・・。

    111足せばうちの子供番号だなぁ~・・・。
    などどくだらないことを思い浮かべ・・・。


    いやいや大丈夫  の  はず・・・。
    大丈夫あるはず!
    と自分に言い聞かせます。


    子供の番号は12678


    12600・・・

    12640番台は

    結構番号がとんでいるなぁ・・・。

    大丈夫かなぁ・・・。


    

    12670
    12673
    12674

    12676

    12677

    12678

    12679
    12683
    ん、ん、
   あったぁ~!!!!!

    何度も番号を確認します。
    ある!!
 
    いくら昨夜の復元答案で
    ある程度自信があったとはいえ、
    この目でみてもまだ半信半疑!
    です。

14:10 早速、子供と奥さんにメールを送ります。
    件名:たぶん
    内容:

    空白行を10行ほど入れたあと

   『合格しているはず』

    と送信しました
   
    ええ、
    小心者ですとも合格証をみるまではね。

   
どっきりでした!
  言われるかも
   ということが頭をよぎり、

   上記の内容にしてメールを送信。
   
    早速、
    合格証書を受け取るべく隣の食堂で列に並びます。

    並んでいる最中に早速子供から電話です。

   
『父ちゃん、たぶんって何?』

   『下の方にコメント入れているのでみてみ。』

    と電話を切ります。



    再び子供から電話です。

  
合格しているはずって何?


   『合格証書をもらってないので、たぶん、とした』
    と電話に返答し電話を切ります。
  
    そうこうするうちに私の番になりました。
    幸い、
   『あの番号だけ嘘です!』とは言われず、
   
『おめでとうございます』
    という声とともに、
    合格証書が入った封筒をいただきました。

    後ろに並んでいる人がいますので、
    すぐに列を離れ端に移動します。

    移動しながら封筒を開き、書類を見ます。
   
ありました合格証です(涙)。
    ようやくホッと安堵できました。

    食堂の端の配膳テーブルで
    合格証を撮影し子供にメールをしました。

    その後、
    少し気が抜けましたが記録係としては、
    何か写そうと思い
記念になるような物を探しました。

    ありました
    出口に飾り付けされているボードです。

    撮影、Pasha!
看板
食堂で鞄に封筒をしまい学校を後にします。

駅までの途中で電話をしている保護者の方や
封筒を持っている方が前を歩いています。


一人心の中で、
ガッツポーズ!
(自分のことでなく子供の努力の結果なんですが・・・)


それでも
やったぁ~という気持ちと
信じられないという気持ちが
交差し
すごく複雑な感じです。

この時点で我に返りました。
仕事がぎりぎりまで長引いたため、

お昼を食べていないことに・・・。

早速、
王寺駅近くのR25沿いの王将に前日同様向かいました。
ここでもゲン担ぎ(#^.^#)・・・

お店には、14時30分頃に到着です。

昨日とは違い定食を注文した後、
まずはFBに状況をアップしました。


そうこうするうちに、
注文の品がやってきましたので、
早速食べはじめました。

ようやく食べ終わり、

時計をみると、14時45分です。

まだ15時前です。


明日以降は色々仕事が入るので、
ホークス学園かNY学園の入学金の処理をしてしまおう!。

そう考え子供に電話をします。

『昨日の合格した学校かNY学園どっちにする?。
 NY学園は入ってからしんどいかもしれんよ。』


この問いかけに、
即答で子供の返事が、
『NY学園に行く』
との返事がありました。


愚問でした
模試でもR3にも届いていませんでしたが
昨夏からの憧れ校でしたので
なんとしても受かりたかったんですからね。


『わかった、じゃあ手続きをする』

と言って電話を切りました。


14:50 早速、
    王寺駅前のセブンイレブンで入学金相当額を引き出し、
    道路を隔てた左向かいのSMBCに向かいます。


14:55 SMBCに入ります。
    15時前ですが人がまだ多くいます。
    銀行内を見回すと

    私と同様にNY学園の振込書をもっているお母さんや
    違う学校の振り込み用紙を持っている
    保護者とその子供もおられます。
   
    早速振り込み続きのため記入をはじめました。

15時に
銀行のシャッターが閉まりましたが
中にいる人の手続き進めていただけるようです。

私は最後から三人目でしたので、順番を待ちます。



待っているときにまたもや子供から電話

『やっぱり発表みたいからそっちに向かってんねん』

とのことです。


私はまだ銀行で手続き中・・・。

子供は奥さんの運転する車で

途中までにきているようでしたので、
先程お昼を食べた王将の駐車場で、
待ち合わせることにしました。


15時15分に振り込み手続きが終了し

すぐに坂道をのぼり王将に向かいます。


運良く王将前の交差点で、
駐車場に入ろうとするうちの車を見つけ
歩道から直接後部座席に乗り込みます。

王将に入ることなく学校に向かえました。


約5分で、学校に到着。

運動場を駐車場に開放していますので、そちらに駐車します。


15:25 先程の体育館に今度は3人で入ります。

    合格発表会場は昨日は受験中で私しかみていませんので、
    今回が 初 です

   
    この時の子供の様子の記憶があまりないのですが、
    飛び上がって喜ぶようなことはなく
    喜びをうちに秘めているようでした。


さすがにこの時間帯は合否を見に来る人も少なくなっていましたので、
少し遠慮しながらも子供の受験番号のあるボードを背景に記念撮影をしました。
(すいません、お上りさんでした、許して下さい_(._.)_)

ボードを背景に

その後、
私が合格証をいただいた食堂を案内しました。


12月の模試の偏差値から以降の努力で
3~4ほどは上がっていると思います(希望的観測を含む)。
これは急に伸びたのではなく算数の失点原因を意識して点数を少し回復できるようになったことが大きいと思われます(推測)。

しかし
NY学園の80%合格偏差値は64ですので、
まだ2程足りない状況だったと考えられます。

しかし、

問題にも恵まれ
幸いにもご縁をいただくことができました。

学力不足分は運と本人の執念+α・・・かも
(ガッツ石松さんのガッツのような+α)

子供の喜ぶ顔をみることができたのも嬉しいですが、
なにより12月からマンツーマンで
算数をフォローしてきたつもりの私としては
自分の努力も報われたようで喜びもひとしおでした。



*******

後日譚 約5日後
*******

NY学園のHP上で合格情報が更新されていました。

みると合格最低点は353点(7割)でした。

3教科で280点 (280点×1.25=350点) が必要だったことが判明。

私の想定は260点でしたので予想以上に高かったです。

ということは、
子供の出来が予想以上のできだったようです。


さっそく分析、分析 修正作業・・・。
逆算すると、

算数:110点~115点(150点満点)

理科: 65点~ 73点(100点満点)

国語:105点~112点(150点満点)

くらいかなぁ、合計すると、280点~300点

3教科受験なので1.25倍すると、
350点から375点位とれていたのかなと思われます。



追伸、

私が先ほどのメールをした時に、
子供と奥さんは
ホークス学園の入学金の振り込み書を持ちながら、
銀行の前を行ったり来たりの不審者だったそうです。

私の合格メールと合格証書の写真を受信した後、
お世話になった塾に向かったそうです。


事務室に顔をだし、

子供が、

『あのぉ~、NY学園の結果ですが・・・』
と言ったか言わぬうちに、

みんなうつむいたそうです


通りました

というと塾長が飛び出してきて、

『本当か、
 誰がみたんや?』

と興奮して聞かれたそうです。
いやいやこんなところで
見栄張ってもなにもいいことありませんし・・・。


子供は父親が見たと答え
同時に合格証の画面をみせると、

真っ赤になりながら両手で顔をつかまれたそうです。

ただ一人前担任のO先生だけは
してやったり顔だったそうです。


まぁ、12月の奥さんと塾長の面談で奥さんは、

『NY学園は現時点で、
 受かる可能性は3分、
 7割は落ちます

と自信を持っていわれたそうです。

『受験までには、
 5分5までもっていきますが、
 正直きついです』

てなことも付け加えられていましたので、
塾長(現担任)にとっては意外だったのでしょう。



もちろん、
この面談時点では状況が厳しいのは
親としても客観的に分かっているつもりでしたし、
自分たちがそのために何ができるか、
また、できることを子どもと一緒に取り組もう
という気持ちしかありませんでした。


この面談の段階では
合格には3教科であと30点が必要で
算数だけで考えると3~4問必要
というのが私の現状認識でした。

この12月時点では
影も遠くにしか見えていなかった
状況でした。